hero
着々とカイオウは勢力範囲を広げ、
ついに
の予想どおりハンを相手とするときが近付いてきた。
奇襲などして卑怯者の謗りを受けてはたまらないので、
いつもと同じく事務的に宣戦布告の手続きを進める。
いつもと違ったのは、
その書簡を
が運んだということだった。
「ついにカイオウと戦えるのか……案外長くかかってしまったな」
の訪問に、ハンは自ら対応してくれた。
カイオウからの宣戦布告の書類を見て、
これほど嬉しそうな人間は彼以外には存在しないだろう。
「どちらかというと、
カイオウの方が遅かったわけだけれど」
「いや、俺も……いらぬ謙遜だな、互いに」
笑いながらハンは書類を整えて、
「で、用件は何だ?」と言った。
「まさか宣戦布告だけ、という訳でもあるまい?」
ハンと会話をしていると、こういうことが起こるので心臓に悪い。
カイオウやヒョウは勘が鋭いわけではないのか、
それとも気づいていて尋ねないのか、
そういうやり取りをすることが無い。
「……取引がしたいの。
人払いをしてもらえる?」
がそう言うと、ハンは近くに居た人間に目配せした。
そういう指示が事前に行き届いているのか、
その合図だけで部屋の中に居た人間は皆ぞろぞろと出て行った。
「取引とは」
ハンが笑みを浮かべながら座っている。
楽しみにしすぎだ。
おおよその見当がついているのだろう。
「ハンが戦いたいのは、ヒョウじゃなくてカイオウだと思うんだけど。
これは間違ってる?」
「いや、それで良い」
「私はカイオウの居場所を教えるから、
戦闘が終わったら私を引き取って?」
が言うと、ハンは声をあげて笑い出した。
「前半は予想していたが、後半は意外だな。
カイオウではなく、俺でいいのか?」
「……もうすぐ私もお役御免だろうし。
自分の身の振り方くらい考えておかないと」
がそう言うとハンは笑った。
「俺が生き残ると思ってくれているのか」
「ヒョウが来るから」
そう言うと、「ああ」とハンは思い出したように頷いた。
あの妙に甘い男はハンの助命を願い出るだろう。
カイオウの方にも釘をさしておけば、
命くらいは助かるものと思われる。
「ヒョウが間にあうくらいまで粘れると思うの。
だからその後……」
「カイオウが勝つことが前提なのか」
「……」
言われずとも、さすがに気がついている。
はカイオウの勝利を信じきっている。
それがハンに対して礼を欠く態度であることくらいは。
「褒められているのか、けなされているのか……まあ、良い。
俺はそれでも乗る。
カイオウに相手をしてもらえるのはおそらくこれきりだ」
ハンは野心のある者特有の、ぎらりとした笑みを浮かべた。
「ハンを殺すなだと?」
カイオウが聞き返すと、
は頷いた。
「戦力として貴重だから。
カイオウなら簡単でしょう?」
が敵の助命を頼むことは初めてのことで、
何か妙な気がする。
しかし、簡単だろうと言われて「難しい」とは言えないし、
事実それほど難しいことでもない。
確約はできないが、と前置きをつけて善処すると答えた。
そのハンの軍と対面すると、助命も何もハンが目の前にいた。
総大将が異様に突出して、それも真正面に居るのである。
防戦などは一切考えていない、拳の力量を比べるためだけの配置。
命知らずな行動は嫌いではない。
それも相手はハンである。
応えてやるつもりで、カイオウも前に進み出た。
悪いが
との約束は反故になるかもしれない。
「準備が良いな」
「カイオウと拳を競えるならこのくらいの準備など簡単なことだ」
その視線と、声音と、背負う闘気に、
彼が昔よりも格段に成長しているのが見て取れた。
きちんと相手をしてみたくなる。
「良かろう。
存分に味わうが良い」
隼丸から飛び降りて、カイオウはハンの前に立った。
こういう楽しい時間というのは滅多に無いものである。
カイオウはヒーローである。
その強さはもう師父であるジュウケイを軽く凌いでいるし、
膨張を続ける軍の中にもその力に憧れる者は多い。
群雄割拠の態を成していた乱世を、
こうも短期間に制圧できるのはカイオウの力があってこそである。
ヒョウはその右腕として、彼と同じ北斗琉拳の使い手として、
その名に恥じぬよう戦わねばならない。
まだ道は遠いが、いつの日かカイオウと肩を並べられるように。
おなじく同門のハンは一足先に道場を出て、
今や群雄の一人である。
ヒョウも独り立ちすることも考えてみたが、
カイオウが居るならば頂点は彼しかないだろうとも思う。
そのヒョウが今何をしているのかというと、
雑兵とは名ばかりの拳士をなぎ払いつつ、
おそらくハンと戦闘中のカイオウに加勢すべく移動しているのだった。
事前に聞いてはいたが、
ハンの兵は誰一人怯えた風もなくヒョウに突っ込んでくる。
最近はカイオウの名に怯えた兵しか相手にしていなかったので、
驚くべき光景であった。
手間取りつつもカイオウとハンが交戦している場所に到着した。
そこで繰り広げられていたのは、
ヒョウの心に深く突き刺さるような殺し合いであった。
カイオウもハンも、互いに本気で殺そうとしている。
そして既にハンは負傷し、血を流している。
それでも素晴らしい速さで反応し、反撃する。
自分にそれができるだろうか。
己の才能がカイオウにはまだ及ばないという自覚はあったが、
ヒョウの相手をしているカイオウが、
どれほど本気だったのかを考えたことは無かった。
目の前で繰り広げられる光景に、
ヒョウは己の非才が呪わしいほど憎くなった。
そして、だからこそ、
ハンを殺してはいけないと思った。
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