hero
立ち上げ当初のカイオウの軍は、文字通り寄せ集めの軍だった。
一時期共に拳を学んだ者もいたし、
金で雇った者もいた。
はそんな輩を集めてきてくれた。
弱者はいくら寄っても弱者の集団でしかない。
軍などというほどの人数は別に必要ないかとも思ったが、
一勢力として活動していくには人手も必要かと思い直した。
今すぐ必要なのは一つの城を運営するだけの人数である。
手始めに小さい城を落とした。
が城の内情を探り、手引きをした。
ヒョウは自分も手柄を上げるのだと敵大将に向かって行った。
「つまらんな」
カイオウはその背中を見送りながらつぶやいた。
退屈極まりない。
これだけ人が集まっているというのに、
楽しませてくれる程度の腕の者が皆無だとは!
「城門ぶち壊して、あれだけ敵兵殺して、
それ以上一人で戦ってくれたら困るのよ!」
肩で息をしている
が隣で毒づいた。
その後すぐに他の指示を出し始めたので、
カイオウは一人でぼんやり待つ以外に無い。
そうこうしているうちにヒョウは首級を挙げてもどってきた。
カイオウと比べればヒョウは弱者ではあったが、
外の世界では強者と呼んで差し支え無いようだった。
ジュウケイに意識が飛ぶまで殴られながら育ってきたが、
外がこれほど生ぬるい世界だとは思ってもみなかった。
そんな弱者の集まりなどと馴れ合うつもりは毛頭なかったので、
一度でもカイオウに歯向かう意思を見せたものは全て殺した。
血の海が出来たが、カイオウは何も思わなかった。
人が虫けらを殺すのに悲しみを感じるだろうか?
は最初から覚悟していたのか何も言わなかったが、
ヒョウは時折苦しそうに顔をゆがめた。
そのヒョウを見て
が不快感を隠さないのがまた面白かった。
ある程度勢力を拡大したところで、
カイオウは肉親であるサヤカを城へ呼んだ。
何かの役に立つだろうと思ったが、
これが思わぬ効果を上げることになった。
ヒョウがサヤカに惚れた。
それも見ているこちらが恥ずかしくなるほどに、だ。
サヤカの方でもヒョウの事は嫌いではないようなので、
このままヒョウを縛り付けておくには丁度良い。
それと時を同じくして、
が疲れた様子を見せるようになった。
「具合でも悪いのか?」
尋ねると、
は本気で困り果てたらしい顔をした。
「ううん、ちょっと、慣れてないだけ」
元々男所帯で育てられていたし、
友人と呼べる女性が彼女にいるのかどうかカイオウは知らない。
サヤカの方でも他に女性がいないということと、
一応顔見知り程度には知っている人間ということで、
にひっついているという状態なようである。
「サヤカなど放っておけ。
どうせヒョウが機嫌をとる」
カイオウは平静を装って言ったつもりだったが、
笑いがにじみ出ていたらしい。
は恨みがましい視線だけを返してくれた。
言わんとすることはそれで十分伝わった。
拠点を手に入れれば、あとは領土を拡大するのみである。
はどうやってか情報を集め、
簡単に落とせるところから領土の拡大をすすめた。
ヒョウはその程度には役立つことが証明されていたので、
適当な数の兵を与えて放り出した。
カイオウも自ら動いた。
も一応伴ってみたが、ただついてくるだけだった。
カイオウが思う様暴れると他の誰かが何かする暇は無かった。
面白いくらい簡単に殺すことができたり、
降伏してきたり、
とにかく領土を広げるのは簡単だった。
が最初に集めてくれた兵は勢いだけなのか何なのか、
それなりに使える人間が多かった。
の慧眼には感謝せねばなるまい。
まあ、カイオウが一人居れば戦闘要員など必要無かったが。
領土を拡大すると突き当たる問題が、
には既に見えていた。
ハンである。
一人先に道場を出て行ったハンは、
今やそれなりに名の通った勢力の首魁である。
彼の軍は少なくはあるが一兵卒に至るまで強く、
倍以上の軍を相手に壊滅的なダメージを与えられるという。
チェスの駒を動かすように、
ハンが全てを差配しているのだろうと思われた。
そんな調査に使っているのは、
が昔から知っている琉拳をかじった人間である。
その中でも
と同じくカイオウに強い憧れを持つ、
同士の集まりだった。
のようにカイオウに助けられたりした者や、
昔の人柄を知っている人間ばかりである。
カイオウが昔のような強烈なカリスマで、
皆を導いてくれるものと信じている。
「これ以上はまずい」
その人間をハンのところへ差し向けたところ、
上がってきた報告がこれである。
カイオウの力があればハンの軍を打ち破ることは難しくないが、
兵の損耗はできるだけ抑えたい。
そう思っての偵察だったが、不発に終わってしまった。
ヒョウはカイオウに褒められたり、
認められたりしたいという願望が強いようである。
従順に従っているが、
昔を知っているだけに嫌悪感が拭いきれない。
カイオウはヒョウを嫌っているのは確実であるが、
表面上懐柔している意味が
には分からない。
カイオウは版図が広がることが単純に嬉しいらしく、
地図を見ながらにやにやと笑っている姿を何度か見る。
昔からそうであるが、
とカイオウはそれほど会話をするわけでもない。
だから、何を考えているのかは殆ど推測でしかないのだが。
そのカイオウを眺めながら、
はその力になれることが嬉しかったが、
同時にジュウケイに言われたことが脳裏から離れなかった。
『お前はどうやって救うつもりだ。
天帝の血でもなければ叶うまい』
は己の血を呪った。
カイオウは己の才という寄る辺があったが、
には縋るものは何も無かった。
縋るものが何もないので、
必死で己に与えられた役割をこなすしかなかった。
愚痴を垂れている暇は無かった。
カイオウのために周囲の情報を集め、分析し、
そして攻め入る準備をする。
戦闘については何の問題もないので、
ただの陣地取りのゲームのようだ。
ハンとはチェスをよくしたが、
囲碁もしておくべきだったと
は少しだけ後悔した。
←
戻
→