白雪姫
カイオウはサラダに口をつけた。
妙な味はしない。
しかし、妙な臭いはする。
はスプーンに手を伸ばしたところで、
どの料理にもまだ口をつけていない。
何が原因なのか、というのは明らかである。
今出された皿のどれかに、毒が盛られている。
それも、ある程度臭いのある毒が。
の様子を見る限り、
普通の人間には気がつかない程度なのかもしれない。
を毒見に使うという方法もあったが、
そういう気にはならなかった。
血を吐く
を見るよりは、
血を吐く暗殺者を見る方が心が晴れそうだ。
テーブルの上には、全ての皿が並んでいる。
給仕がびくびくするのをいつまでも見ているのが億劫なので、
カイオウが一度に出すようにと命じてあるからだ。
そのせいで、どの皿が毒入りであるという判断がつきにくい。
の食事は酷くゆっくりなので、
注意をする必要も無いだろう。
前菜をカイオウが確かめている間に、
はスープに手を伸ばした。
まだ確かめてもいないのに。
「
」
待て、という言葉が続かなかった。
はぱくりと口に入れ、そして、
驚いたような顔をした。
ぐらりと体が傾いで、床に落ちる。
意識が薄れているのは明白である。
カイオウはすぐに駆け寄って、水を
の口に流し込んだ。
華奢な
に怪我をさせずに吐き出させる方法が思いつかず、
破孔をついて吐き出させた。
胃の中身を粗方出して、適当な場所に寝かせる。
部屋を出て、
警備に立っていた修羅に調理した人間を捕えるように指示を出し、
女官には
を部屋へ運び、医者を呼ぶように命じた。
腸が煮える。
早く死にたいと思えるような目にあわせてやる。
城から逃げ出そうとしていた料理人を修羅が首尾よく捕え、
カイオウが自ら拷問を加えて首謀者を吐かせた。
目標どおり「早く殺してくれ」という台詞を引き出したが、
その要望に応えてやる意思はなく、
死ぬまで放っておけという命令を出して部屋を出た。
はカイオウを置いて死ぬのだろうか。
母のように。
似ていないはずの母と、
がまた少しだけ被る。
違う。
しかし、
の華奢で小さな体を考えると、
すぐに死んでしまうのではないのかとも思う。
やはり生きていることを確認しなければ。
自分から血の臭いがするのは分かる。
それ以外の臭いもする。
しかし、それどころではない。
の部屋に入ると、処置を終えたらしい医者が座っていた。
カイオウの顔を見て、立ち上がって会釈する。
「
は」
「ご無事で。
胃の中の物も殆ど吐き出しておられたので、すぐに良くなるかと。
中和剤を飲ませておりますので、
しばらくは安静にしていただければ」
「そうか。
下がって良い」
カイオウの機嫌を察したのか、医者は一礼して部屋を出て行った。
手伝っていた女官も一緒に出て行く。
足音が遠ざかったのを確認してから、
カイオウはベッドに横たわる
を見下ろした。
すうすう、と穏やかな寝息を立てている。
胸も上下しているから、確実に呼吸をしている。
呼吸をしているということは、生きている。
カイオウは深いため息をついた。
ベッドの縁に腰掛けて、まじまじとその顔を見下ろす。
別段、おかしな点は無い。
顔色も悪くない。
額に口付けて、唇を重ねた。
唇を離すと、
と目が合った。
起したのだろうか。
「カイオウ様……どうかされました?」
まるで普段の朝と変わらない調子である。
今しがた、死にかけていたというのに。
「……お前が死にかけていたのだが」
「カイオウ様が適切な応急処置をしてくださったのだと、
お医者様が繰り返しておられました。
ありがとうございました」
目の前で、
が微笑む。
ようやく少し安堵した。
「もう良い。
休め」
安堵する。
が生きていたことを知って安堵している。
これは、まだ情が残っているということだろうか。
頬を撫でた。
カイオウの両手にすっぽりと収まってしまうような、
小さな頭である。
そのついでに破孔をついて眠らせた。
明日までは目覚めないはずだ。
カイオウは再び
に口付けた。
今度は
も目覚めない。
それで良い。
何故安堵したのか。
手の内の物を壊されて腹立たしく思わぬ人間がいるだろうか。
そして、それが首尾よくそのまま戻ってきて喜ばぬ人間がいるだろうか。
否。
だから自分は安堵したのだ。
そういうことにする。
この鬱憤は、やはりそれだけのことをしでかした奴らに返すほか無い。
今もまだ苦しみ続けているはずの刺客の寿命を少しだけ縮めてやるために、
カイオウは軽く肩を回しながら部屋を出た。
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