[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。



人探し


ケイカが食事を摂ってから部屋に戻ると、
そこには見ず知らずの少年が立っていた。

「誰?」

と呼びかけると、その少年は振り返った。
後姿から思っていたよりも、
その顔からは随分幼い印象を受けた。
想定していたよりももっと、年下なのかもしれない。

「お母さんとはぐれたの?」

尋ねると、首を横に振る。

「人を探してるんだ」

そう言ってとても悲しそうな顔をしていたので、
ゆっくりと話を聞くことにした。
カイオウが戻るまで、まだまだ時間はあった。

カイオウがいつも座る席に座らせて、
前に水を入れたコップを置いて向かいに座る。
少年は「ありがとう」と言ったが、手をつけなかった。

「私がお手伝いできるかもしれないのだけれど、
 探している人のお名前は?」

ケイカが尋ねると、少年は悲しげな顔で俯いてしまった。
確かに、名をここで明かすのは危険なのかもしれない。
城の兵士にしては少年は幼すぎるし、
誰かに連れられてきたのだろう。
無断で子どもを入れたとなれば、
その誰かにどんな処罰が下るか分かったものではない。

しかし、この部屋に置いておくわけにもいかない。
カイオウが帰って来たとき、どのような反応をするだろうか。
考えたくない状況である。
なんとしてもその前に、目的の人を見つけてもらうしかない。

「これからちょっと散歩に行くけれど、
 一緒に行く?」

ケイカが提案してみると、
少年はこくこく、と顔を縦に振った。

ケイカは墓参りの用意を持って、
反対の手で少年の手をとって、
部屋を出た。
少年はおとなしく、静かについてくる。

監視役の修羅にはもう声をかけない。
何人かいる監視役の修羅の方でも、
誰一人ケイカに声をかける者は居ない。

ケイカの部屋に入っていたことを考えると、
少年が探しているのは修羅たちが出入りする区画ではなく、
部屋の辺りに出入りしている人間の連れである可能性が高い。
そう思って女官達がいる辺りを歩き、
厨房の方を回り、
監視役の交代要員が控えている部屋や、
それ以外にも人が集まる場所を思いつくまま歩いた。

その間中、少年は静かだった。
誰に会っても反応することが無い。
思い当たる場所を全て回ってしまったので、
仕方なくセンの墓参りに同行させることにした。

毎日通っているので、
センの墓は綺麗である。
丁寧に掃除をして、痛んでいる花を抜いて、
手を合わせる。

「誰のお墓?」

と、久しぶりに少年が口を開いたので、

「兄さんのなの」

ケイカは答えた。

「毎日来る?」

「そうね、毎日来ているわ」

「じゃあ、寂しくないね」

少年が悲しそうに笑う。

「……そうだと良いね」

確かに、寂しくは無いだろう。
毎日参る人がいる墓というのも、今のご時勢では珍しい。
しかし、ケイカはセンに顔向けできないような気もしている。
この立派な墓も、墓参りができる環境も、
全てカイオウが用意したものである。

「探してた人は見つからない?」

ケイカが尋ねると、少年は顔を縦に振る。

「そう。
 じゃあ、帰ろうか」

見つからないならば仕方が無い。
もともと部屋に居たのだから、
待っていれば誰か来てくれるのかもしれない。
それでも駄目ならば、
少し恐ろしいがカイオウに事情を説明するしかない。

少年と手をつないで、墓地を出る。
緊張しているのか、少年の手はひんやりとしている。
少し離れたところに立っていた修羅が、
背後にひたりとついている。

寡黙な少年である。
部屋に戻って、
お茶とお茶菓子を出して、
ケイカが尋ねたことに対しては言葉少なに答える。
それ以外のことは言わない。
そして、お茶にもお茶菓子にも手をつけない。

「お茶やお菓子は嫌い?」

そう尋ねると困った顔になったので、
それ以上追求するのはやめておいた。

カイオウが戻る時間が近付いてくる。
少年は少しそわそわしはじめた。
きっと出歩くなと言われていただろうに、
かわいそうなことである。

「……一つ質問して良い?」

少年が初めて自分から口を利いた。
ケイカは少し嬉しくなって「どうぞ」と促した。


ケイカはカイオウが好き?」


まっすぐな視線が、痛い。
好きか、嫌いか。
そういうベクトルで考えたことはあまりなかった。

「――…そうね」

曖昧な相槌を打って、ケイカは考える。
考えたが、明確に回答できない。

「たぶん悪い人じゃないんだろうと思う」

この国最強のカイオウの、誰にも秘密の傷。
何かしら悩みや、葛藤があるのだろうとは思う。
少年は「そう」と言って席を立った。

「カイオウは、ケイカのことが大切なんだ。
 それだけはわかってあげて」

にこり、と笑って少年は走り出した。
素早く、ケイカの脇をすりぬけていく。
静止する間もなかった。
振り返ると、減速する様子も無くドアに向かっていく。

とっさに、言葉が出なかった。

少年はドアにぶつかることなく、
通りぬけるようにしてするりと消えた。
入れ違いに、乱暴にドアが開く。

「どうした、ケイカ?」

カイオウが立っていた。

「客か?」

テーブルの上にあるカップを見たようだった。
確かに、少年のためにもう一つだしてある。

先ほどの少年がカイオウだったのだと思った。
傷痕のない、つるりとした幼い顔。
浅黒い肌と、薄い金色の髪。
よく考えれば、面差しも似ていたような気もする。

ドアの方へ走っていったことを考えると、
探していたのはその向こうに立っていたカイオウだったのだろうか。
彼を探していたのであれば、
日中城の中をどれだけ探しても見当たらないはずである。

それに、ケイカが誰とも言葉を交わさないのは普通であるが、
子どもをつれて歩くのは初めてのことである。
それなのに、監視役の修羅ですら何も言わなかった。
修羅から報告が行っていないことを考えると、
誰にも見えていなかった可能性すらある。

「……いいえ、そろそろいらっしゃるころかと思い、
 カイオウ様のために用意をしたところでした」

ケイカがそう言うと、
カイオウは少し疑うような目つきでケイカを見た。

「今日は城の中を見回ったそうだな」とカイオウが言う。
そちらの行動は報告されていたらしい。
ケイカは「少し運動に」と答えた。

少年のことは、誰にも言わないでおくことにした。
彼の最後の言葉を受け止めるには、
もう少し時間がかかりそうだった。