haze


カイオウは混乱していた。

は、他の女と違ってカイオウを恐れなかった。
それはどうも、兄であるセンが修羅であるからと思われた。
ヒョウがつれてきたからと最初は苛立ちもしたが、
本人が気にする様子は無かった。

他の女官から押し付けられるのか、
の姿が目に付いた。
別に誰でも一緒だったが、
怯えられるのも面倒だったので気が楽だった。

気が楽だったのだ。

気が楽だな、と思ってからはしか来なくなった。
他の者はどうしたのかと思ったが、
面倒なので聞かないでおいた。
楽な方が良いに決まっている。

あのときも混乱していた。
あと少しが動いていたら、首をへし折っていた。
身の危険を感じたからそうした訳ではない。
反射的に首を掴んでいた。

あの日以来を見ると母を思い出す。

その後、こんなこともあった。
目がさめると、に頭を抱きかかえられていた。
こんなことは今まで、一度も無かった。
なぜ他人が近づくのに気がつかなかったのか。

優しかった母を思い出す。

母を思い出すので、今までどおり己に傷をつけた。
傷をつけると、が手当てする。
手当てするを見ると、
また母を思い出した。

止めさせたかったが、
願掛けだと言われた。
必死な顔を見ると、何故だか「やめろ」と言えなかった。

北斗琉拳を学び始めた頃、
生傷の耐えないカイオウの手当てをしてくれた、
優しく、美しい母を思い出した。

また思い出した。
カイオウは己を指で刺した。
血が出た。
なぜ今までと同じように忘れられぬ。

今、はカイオウの魔闘気に中てられて倒れている。
殺すなら、今。
今ならば、一瞬で息の根を止められる。

そう思ったが、手が出なかった。

何故だ。
訳が分からない。
は母に似ていない。
似ているのは、サヤカだ。
年を追うごとに似てくる。
最近は顔を見るのも嫌になってきた。
サヤカこそ殺してしまいたい。

いらだつ。
何故。

酷い頭痛がした。
殺せ、殺せ、という命令を頭で出しても、
体の方でそれに反対する。
殺せない。

は辞めたいとも言っていた。
頭ではそれで良いと思っていても、
何かがそれに反対する。
嫌だ。

は、傍に置いておきたい。

忘れたい。
手放したく無い。
呪われた血は天帝でなければ。
どうしたら。

カイオウは己に指を突き刺した。
何度も、何度も刺した。
血が飛び散った。
涙は出なかったが、
赤黒い血は、刺すたびに流れ出てきた。

少し、疲れた。







が目を覚ますと、そこはカイオウの部屋だった。
見慣れた景色である。

見慣れないのは、
がまた、ベッドに倒れていることだった。

血まみれのカイオウがの腹の辺りに顔を寄せ、
すがり付くように、締め上げるように抱きしめている。
痛い。

は、自分も血まみれであることに気がついた。
カイオウの腕で締め上げられている所以外は痛くないので、
自分の血ではない。
既に乾き始め、えび茶色になっている。
血の匂いで臭かった。

カイオウがあまりに強く抱くので、
息が苦しい。

暫く辺りの様子を伺ってみたが、
誰も部屋の前に居る気配は無い。
物音が全くせず、耳が痛いほど静かだった。
その静寂の中で、カイオウの寝息だけが聞こえた。

カイオウは眠っている。
苦悶の表情を浮かべて。
その顔はまるで泣いているようだった。

はカイオウの頭を撫でた。
硬い短髪が、指を刺す。

カイオウは、誰かにすがりつきたいほど苦しんでいるようだ。
すがりつき、何かから救ってもらいたいのかもしれない。
それほど真剣に、力をこめてを抱きしめている。
締め上げる、という表現を使いたくなるほどに。

こそ誰かに救ってもらいたかった。
すがりつきたかった。
どうしたら良いのかわからなかった。
だから、カイオウの頭を抱いた。

そうしていると少し落ち着いて、
落ち着くと、
もう自分は帰る場所も無くなってしまったのだと思い出した。

センが居なければ、の身分など無いに等しい。
ヒョウが迎えに来てくれると言ったが、
その後はどうなるのだろうか。
誰かのところへ嫁がされるのだろうか。

すがりつくカイオウを置いて?

そこまで考えて、は考えるのをやめた。
忘れることにする。
センも、ヒョウも、カイオウも。

今は、何も考えたくなかった。
苦しかった。
助けてほしかった。

だから、カイオウがを抱きしめているように、
はカイオウの頭をきつく抱きしめて、
きつく目を瞑った。

自分にすがりつかねばならないカイオウが、
そんなカイオウにすがらねばならない自分が、
馬鹿らしくて涙が出てきた。