haze


カイオウは目を覚ました。
よく眠ったような気がする。
ふと、自分が誰かを抱いていることに気がついた。
よく余人を近くに置いたまま眠ったものだと思う。
顔を見なくても分かる。

誰かとは、だ。

締め上げれば死んでしまいそうなほど、
小さく、柔らかな体。
カイオウの血で濡れていた服は、
今は乾いているようだ。

殺せなかった。
殺したくなかった。

自分でも不思議に思う。
何故だ。
分からない。
考えることに疲れた。

窓の外は暗く、辺りは静まり返っており、
とうに夕食の時間を過ぎてしまったらしい。
しかし、それもどうでも良いことだった。

は辞めたいと、確かにそう言った。
今まで女官が辞めるのを止めたことは無かった。
それほどの興味も無い。

だがは違う。
手当てをされると苛立つ。
しかし、それでも傍においておきたかった。
誰の手も届かぬように。

傍においておけば。

そうだ。
一番簡単な方法があった。
無意識に避けていた。
何故だろうか。
もう考えるのは止めることにする。
面倒だ。

眠るの唇に、己のそれを重ねた。
柔らかい。
の体はどこもかしこも柔らかい。

「カイオウ様?」

すぐ目の前で、が瞬く。
甘い声が、自分の名を呼ぶ。
まだ半分眠っているようだ。
ほろほろと、涙がの目から流れ落ちた。

「なぜ泣く」

「どうしてでしょうか……」

閉じたのまぶたに、口付ける。

「忘れてしまえ」

「それは……」

が口にしようとした言葉を、
口付けてカイオウが飲み込んだ。

「俺のことだけを考えろ」

の涙を舐めた。
は、自分だけのもの。





ヒョウはカイオウの城に向かっていた。
センの遺体の処理を済ませ、
の後任の女官を手配して、
あとはの身柄を引き受けるだけである。

かわいそうなことをした。
カイオウの手当てを頼んだばっかりに、
は兄の葬儀にも出られなかった。
この気温では腐敗してしまうから、
会わせてやることもできなかった。

カイオウへ取次ぎを願い出ると、
部屋に居るという。
やんわりと応接室で待つように言われたが、
早いほうが良かろうとカイオウの部屋に向かった。

「カイオウ、起きているか?」

ヒョウが部屋に入ると、
カイオウは鎧を纏い終えたところのようだった。

「当たり前だ」

顔に浮かぶ皮肉な笑みと、
剣呑な視線はいつものことだ。

「言われていた地域は鎮圧した。
 今日はその報告もあるが、頼みがあってきた。
 以前紹介した女官なのだが、
 兄が死んだから暫く休みを取らせたい。
 後任は選んである」

ヒョウは単刀直入にそう言った。
前の戦闘では多少の被害を受けたが、
別段報告するような程でもない。
それよりも、を。

カイオウは視線をベッドの方へ向けて「か」と言った。
名前を覚えていたことに少し驚いたが、
ヒョウは「そうだ」と頷いた。

「兄のセンが……」

「その必要は無い」

カイオウの視線の先を、ヒョウは追った。
ベッドの上には女性が、白い背中を見せて横たわっている。
少し間が悪かっただろうか。

「センはこちらで弔おう。
 遺体は?」

「遺骨は一部持ってきたが」

「城の者に預けてくれれば良い」

カイオウはそれで話は終わり、
と言わんばかりにヒョウに背を向けてベッドに近寄った。
横たわる女性の肩に唇を寄せる。
ヒョウは「は」と口にしかけてその名を飲み込んだ。



カイオウが呼んだ。
横たわる女性が動く。

「そういうことだ。
 何も心配することは無い」

カイオウがに語りかける。
甘えるような、優しい声で。

白い背中がの物であると意識して、
見てはいけないものを見たような気がして、
ヒョウは顔を背けた。

「では、遺骨はこちらに届けさせよう。
 邪魔をしたな」

踵を返して、ヒョウは部屋を出た。
カイオウが気に入ったのならばそれで良い。
彼がついていれば何も問題は無いだろう。
そういう気がした。





は自分を外界へと連れ出してくれるであろう、
最後の望みが部屋を出て行く音を聞いてた。

もう駄目だ。
自分はこの、陰鬱な城から出られないのだ。

カイオウの口付けを受ける。
抵抗する力も、気力も無い。
縋り付く相手は、本当にカイオウだけになってしまった。

手を伸ばして、カイオウの鎧に触れた。
そのまま消えて、
幻のように消えてしまうのではないかと思った。

「何も、心配はいらない」

の手を取って、カイオウが優しく言った。
それさえも幻を見ているような気がして、
は酷く不安な気持ちになった。