haze
約束の一ヶ月の日を迎えたとき、
の首と腕のあざはすっかり消えていた。
しかし、センから連絡は無い。
サプライズの迎えも無かった。
家に帰りたいがどうしたものかと悩んでいると、
ヒョウが会いに来てくれた。
応接室で待っているという連絡をもらい、
はいそいそとそちらへ移動した。
朝からカイオウの機嫌が悪かっただけに、
良い気晴らしになる。
部屋に入ると、ヒョウは寛いだ様子で座っていた。
の姿をみて、気遣わしげな表情になる。
「苦労をかけるな、
」
と声をかけてくれた。
「お優しいお言葉、ありがとうございます」
感謝の言葉は
の口からするりと出た。
少しずれるが数日後に城を出る段取りの話かしら、
と
はヒョウが話し始めるのを待ったが、
ヒョウは困った顔をして暫く黙っていた。
良い言葉が聞けそうな顔ではない。
「……何かあったのでしょうか?」
「……センが、重傷なのだ」
言いにくそうに、ヒョウがぽつりぽつりと説明する。
その説明によれば、
ヒョウの軍は隣接する別の勢力の領土に攻め入ったそうだ。
半月ほど前のことだそうである。
そのとき、センの友人二人は死亡し、
センも重篤な傷を負った。
幸い命は取り留めたものの、
今は動かすことはできないのだという。
「大丈夫、傷が深いだけだ。
傷がふさがれば、以前のように動けると聞いている。
には迷惑をかけているし、
私もセンの回復には力を尽くしたいと思っている」
ヒョウは苦しげに、そう言った。
そして、その言葉には続きがあるはずだった。
「私はまだ、しばらくここに居ないといけないのですね?」
「そういうことになる」
すまない、とヒョウは頭を下げた。
「……ちょっと、予想はしたんですけど、
二番目に悪い予想が当たってしまいました」
センはまだ死んでいない。
しかし、
に返事を出せない程度に重傷だ。
暫く会えないだけで、生きている。
「何かあればこのヒョウに言ってくれ。
色々と重なって、後任を選び損ねているが、急ぐ。
もうすこし待っていてほしい」
は頷いて、
ヒョウに紙切れを渡した。
ヒョウはそれを見て、驚いた顔をした。
紙には、
カイオウは浅い傷を受けたがすぐに完治した、
と書いてある。
「それだけしか分かりません」
「そうか」
ヒョウは紙切れを燃やした。
「では、私はカイオウに会ってから帰る。
顔に出なければ良いのだが」
そう言って苦笑しながら、ヒョウは部屋を出て行った。
はため息をついて、
無期限で伸びてしまった帰宅の日を思った。
せめて、センに会いたかった。
ヒョウがカイオウに会うと言ったのは本当のようで、
その日はカイオウと妹のサヤカ、
そしてヒョウの三人で会食することになった。
おかげで
は他の女官と久しぶりに一緒に給仕した。
その会食の和やかな雰囲気とは反対に、
カイオウの機嫌は最高潮に荒れた。
魔闘気を噴出しながら、部屋に戻っても何も言わない。
はそそくさと準備をしながら、
カイオウの不機嫌の理由はヒョウなのではないか、
と少し思った。
もちろん口に出せることではないので黙っておいた。
寝酒は既に半分ほど減ったものを用意し、
水差しも用意しておく。
悪いことは重なるのだ。
今日はたまたま運が悪い日だったのだ。
はそう自分に言い聞かせて、部屋を出た。
誰も
を労ってくれる人は居なかった。
次の朝、
が部屋に入ると、
部屋の中も荒れていた。
グラスの破片が落ちている。
そして、カイオウは苦悶の表情を浮かべて眠っていた。
「カイオウ様?」
前回の失敗を教訓に、
は声をかけながら近づく。
まるで猛獣を相手にしているような気分だ。
「カイオウ様?」
もう一度声をかけるが、
返事は無いし起きる様子も無い。
ベッドの際まで近寄ると、
不意に腕を掴まれた。
カイオウのリーチは予想以上に長かった。
今度こそ殺されるかと思ったが、
予想に反して首を絞められることは無かった。
倒れこんだ
を、乱暴に抱き寄せる。
別の意味で危険を感じたが、
それ以上は何も無かった。
カイオウは
の腹の辺りに顔を寄せて、
締め上げるように抱き寄せた。
痛い。
以前のように酷い寝汗をかいているし、
今日に至っては、新しい傷が肩口にあった。
じわり、と
の服に血が滲む。
締め上げられていたのは
だが、
それ以上にカイオウは苦しそうな顔をしていた。
理由はまったく分からないが、
魔闘気が出るほど怒り狂っている日は、
よほど夢見が悪いようだった。
はなんとなく、
カイオウの頭をなでた。
「大丈夫、大丈夫」
小さい声で、唱える。
何が大丈夫なのかわからない。
不安なのは
だった。
センが、たった一人の肉親が、
あんなに人が悪くても、
のことを可愛がってくれた兄が!
センの友人は死んでしまった。
センは大丈夫なのだろうか?
センが死んでしまったら、自分はどうなるのだろうか?
不安な気持ちのまま、
は暫くカイオウの頭を抱いていた。
別に彼は神様でもなんでもないので、
それでセンが助かるわけでも何でもないのだが、
彼の回復力を少しでも分け与えてもらいたかった。
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