haze
の不安は的中しようとしていた。
センから返事が来ない。
戦争をしているのかもしれなかったが、
のところには何も情報が入ってこなかった。
カイオウは城に居るし、
それほど大きな戦闘ではないのかもしれなかった。
もうすぐ約束の一ヶ月を迎えようとしていた。
は相変わらず毎日カイオウの世話をして、
その機嫌がだいたい分かるようになってきた。
炎を見たのは、怪我をしていた日の一度きりだった。
大過なく一ヶ月が終わり、
そして私は解放されるのだ。
はそんな幸せな未来を夢見つつ、
毎日昼間の時間をすごした。
最初にセンに何をねだろうか、とも考えた。
しかし、
の夢はやはり夢でしかなかった。
カイオウの不機嫌は前触れも無く、再びやってきた。
炎を纏って、
無言で「早くしろ」という視線を送ってくる。
逆らって得るものは無く、
たった一つの命も失ってしまいそうなので、
はてきぱきと準備した。
寝酒は、前回の反省もあり、
まだ封を切っていないものを用意した。
そうして、部屋を出た。
次の朝、
がカイオウの部屋に入ると、
部屋の中が酒臭かった。
用意した蒸留酒の壜は空で、
あるだけ飲んだらしかった。
すぐにでも窓をあけて空気を入れ替えたかったが、
そんなことをして怒られても困る。
水盤を新しいものに替え、
鎧を乾拭きしようと拾い集めていると、
は異変に気がついた。
カイオウの寝息が荒い。
あれだけ強い酒を飲んで寝ているので、
二日酔いという可能性もあるが、
彼の体型を考えると望み薄な感じである。
は時間には少し早かったが、ベッドに近づいた。
こういうとき、センはたいてい体調を崩しているのだが、
果たしてカイオウも酷い寝汗をかいていた。
鎧の乾拭きを人に任せ、
は新しいタオルを一つ持ってきた。
水盤で絞って、
カイオウの頭に手を伸ばす。
そこでカイオウは目を覚まし、
の腕を掴んだ。
「……おはようございます。
お加減がよろしくないようですが」
「悪くない。
何をしている」
「汗が――……」
が言葉を続ける前に、
天地がぐらりと傾いた。
めまいがした。
気がつくと、無表情なカイオウがこちらを見下ろしていた。
はベッドの上に倒れていた。
首を掴まれている。
「余計なことをするな」
カイオウから炎が出ていた。
「燃えてる?」
の視線に気がついたのか、
カイオウはくつくつとのどを鳴らすように笑った。
噴き出すように出ていた炎は、
暫くして消えた。
「余計なことをするな。
分かったな?」
「はい」
カイオウが漸く手を離してくれたので、
は起き上がった。
首が痛い。
少し咳き込んだ。
取り落としていたタオルを「汗が酷いですよ」と渡した。
カイオウは無言で受け取って、汗を拭いた。
そこからはいつもどおりだった。
いつもどおり、誰も助けてくれなかった。
着替えの準備をしていると、
カイオウが不意に喋りだした。
「お前がさっき燃えていると表現したもの、
あれは魔闘気という」
「紫か黒みたいな色の炎みたいなあれですか?」
「そうだ」とカイオウはしゃべりながら、
鎧を身に着けていく。
「あれは北斗琉拳の魔界に入ったものだけが纏う、特殊な闘気だ。
燃えているという表現は言い得て妙だな。
憤怒の情が燃えているのだ」
鎧を着終わる頃には、
すっかりいつものカイオウに戻っていた。
「そうなんですか」という微妙な相槌しか思い浮かばなかったので、
は質問を続けることにした。
「ヒョウ様やハン様も?」
「あいつらはまだ、魔界に入っておらん」
にやり、とカイオウは笑った。
嘲るような、冷たい笑みだった。
それでいて、どこか苦しげな。
しかし、その苦しげな笑みはすぐにひっこんだ。
「殆どの者が魔闘気を目にすれば怯えるが、
お前はいつもと変わらんな」
代わりに、
妙な物を見るような目で
を見ている。
「私ですか?
怖かったですよ、泣きそうでした」
これは本音である。
カイオウの手が首から離れた瞬間、
生きているという実感と、
死にそうだったという恐怖が押し寄せてきた。
「しかし、泣かぬ」
「殺されるときは一撃でしょうから」
カイオウならば一撃で
を殺せたはずだ。
そうしなかったのは、すぐに殺す気が無かっただけだ。
は次からは近寄る前に、
声をかけようと反省した。
その答えを聞いて、カイオウは笑い出した。
「違いない」
笑いながら食事の準備を命じたので、
は部屋を出た。
慌てて食堂に向かう。
女官達は、もはや
をカイオウを見る目と同じ目で見ていた。
食事の準備が終わると、
カイオウは首を指しながら「冷やしておけよ」と言った。
何のことだろうかと思ったが、
あとで鏡を見ると首にくっきりとカイオウの手の跡が残っていた。
首だけではない。
最初に掴まれた腕にも残っていた。
確かに、冷やさなければ暫く残りそうだった。
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