haze


が最初にしたことは、
センにカイオウ付きの女官になると報告することだった。
センは「俺の出世がかかっている」と力強く後押ししてくれた。
酷い兄である。

ヒョウが必要な物は全て用意してくれるということだった。
それまでは待て、ということだったので、
はセンと城でのんびりすごした。

軍の本体が引き上げてからしばらくして、
準備が整ったという連絡が入った。
は小さな旅行鞄一つで、ヒョウの城に向かうことになった。

「いやー、兄ちゃん孝行な妹を持って幸せだわ…」

ついてきてくれた兄は、
道中何度もこの台詞を繰り返していた。
この兄からカイオウの評判は「強い」だけしか聞いたことが無い。
不安はまったくぬぐえない。
カイオウとはどんな人なのか、とセンに尋ねた。

「カイオウ様はいつも漆黒の鎧を身にまとい、
 戦場では無類の強さを発揮する北斗琉拳の使い手なのだ!
 その力は万の兵力に値する!」

と力強く拳を握った。
どうやら、修羅たちの憧れのようだった。

センはどれくらいに値するのかと尋ねると、
小さい声で「五人くらい?」と言った。
カイオウの人柄はまったく分からなかった。
は聞くことを諦めた。

城に到着し、応接室に通された。
ヒョウの城ともなるとやはり豪華なつくりで、
貧乏性のは居心地が悪かった。
少し待つと、ヒョウが自ら出向いてくれた。

「よく来てくれた。
 無理を頼んで悪いな」

「温かいお言葉、感謝いたします。
 妹をよろしくお願いします」

道中の間延びしきったセンとは違い、
きりりと引き締まった表情でそう答えた。
外面の良い兄である。

も、楽にすると良い」

ヒョウが柔和な笑みを浮かべた。
予想外に優しい言葉で、
センが“人が良い”と言った理由が分かった気がした。

ヒョウとセンはしばらく戦争の話をしていたが、
話はすぐにの今後の話になった。

「女官と言っても、お茶の用意や部屋の手入れなど、
 さほど難しくない仕事だ。
 家事は得意か?」

聞かれて、は渋い顔をした。
センも苦笑する。

「言うほど」

「……まあ、カイオウも神経質という訳ではないから、
 ゆっくりなれてくれ。
 心配せずとも、一人ではない」

それから暫く職場環境の話を聞いた。
個室も与えられるらしい。
必要な物はヒョウがすでに用意しており、
ほとんど運び込んであるそうだ。
不足があれば、
センに伝えれば用意してもらえるということだった。

「最近一人辞めたところで、丁度良かった」

「こ、殺されたりとか……」

が口を挟むと、
ヒョウは笑い、センは頭を抱えた。

「それほど恐れずとも良い。
 手柄を上げた修羅のところへ嫁いだのだ。
 カイオウも、女に手を上げるような男ではない」

「失礼しました……」

「馬鹿」

センに小突かれた。
そんな和やかな説明を受けて、
は翌日カイオウの城へ向けて旅立った。






カイオウの城は、ヒョウの城よりも大きかった。
装飾というものがあまり無く、
明り取りの窓はあれどもただひたすらに雰囲気が暗い。

そんな鬱々とした城を、
はヒョウと並んで歩いていた。
燭台も等間隔に並べられているし、
そもそもまだ昼間である。
それなのに、薄ら寒い。
おそらく、気分的なものである。

何度も角を曲がって、
がどちらを向いているのかよくわからなくなったころ、
目の前に漸く重厚な木の扉が現れた。
立っていた兵士がヒョウに気がつくと、
中に取り次いでくれた。
すぐに部屋に入る許可が出る。

は外で暫く待っているように言われ、
兵士の前に残された。
どうぞ、と椅子を勧めてくれたのでお言葉に甘えて座る。

「カイオウ、入るぞ」

と、声をかけて、ヒョウは部屋の中へ消えていった。
は心細さが頂点に達していた。
兵士はもちろん話しかけてなどくれない。

しばらく待っていると、
扉が開いてヒョウが手招きした。
はじかれたように立ち上がり、部屋へ入る。

部屋の真ん中には、どっかりと椅子に座った大男が居た。
顔に大きな傷跡がある。
部屋の中なのに、鎧を着込んでいる。
きっとこの大男がカイオウであろう。

(あれは……何?)

は目が悪いのかと思って、
何度か瞬きした。
が、カイオウから立ち上る黒とも紫ともつかない何かは、
めろめろと燃える炎のように消えることはなかった。

「うぬがセンの妹か」

太く、低い声がした。

「はい、と申します。
 よろしくお願いします」

背筋がぞわぞわする。
センが大切に取ってあった好物を、
よこから奪ってしまったときのような、
そんな殺気を感じた。

「ふん……
 ヒョウよ、お前も暇だな」

「丁度相談を受けていたのだ。
 空きがあってよかった」

カイオウの視線がから外れた。
この僅かな間に脂汗をかいていた。

「泣いたりせんだけマシか。
 手間をかけさせた。
 いずれ、何かで返そう」

「かまわない」

ヒョウとカイオウは二人で何事か話をしていたが、
はただひたすら逃げ出したいのをこらえていた。
ずっと激怒したセンを前に立たされている気分だった。

用が終わったのか、ヒョウは部屋を出た。
一緒にも出た。
どっと疲れた。

部屋を出て一息ついたところに、
と同じ年頃の娘がタオルを持って立っていた。
珍しいものでも見るかのように、しげしげとこちらを見ている。

「あれ、泣かなかったの?」

驚きは、が泣いていないことだったらしい。

「修羅の妹なのだ、強い」

と、ヒョウは小さく笑った。
その娘にを頼む、と声をかけて、
ヒョウは颯爽と立ち去った。

「私も泣いちゃったし、
 他の人も皆そうだって聞いてたからタオル用意してたの。
 はじめまして、
 リューナって呼んで」

「はじめまして。
 よろしくお願いします」

リューナのタオルは、
どちらかというと汗を拭くのに借りたかった。