haze


は、城で応急処置をしていた。
戦のための城で、実用一直線の気配がする。
そこが、兄であるセンやその友人達の配属先であり、
は戦闘が収束する頃合を見計らってやってきたのだった。

は医者ではない。
ただ、兄の手当てをしているのを他の者が見て、
「自分も頼む」と人が増えた。
増えたので、兄の部屋で手当てをするようになった。
そうして、今に至る。

ー。
 兄ちゃんの手当てをしてくれよ」

名前のある修羅なのに、
の兄であるセンは緊張感が無い。

「兄さんの傷なんて、ほとんど無いじゃない。
 それより、こっち押さえて!」

兄の友人の切り傷に、消毒液をぶっかける。
暴れそうになるのを、兄に押さえてもらった。
うっかり殴られでもしたら、二日ほど動けない。

「酷いぞ」

「酷くない。
 どうせ打ち身でしょ?
 冷やしといてよ」

「ちぇ」とセンは口を尖らせた。
熱湯にくぐらせておいた針と糸で傷口を縫う。
他に道具が見当たらないので裁縫道具だが、
できればもっと別の道具を用意したいところである。

兄の友人達は皆、仮面をかぶっていない。
名前があり、立派な修羅と認められた男達である。
彼らは強い。

だから、がする手当ては切り傷を縫ったり、
擦り傷の消毒をしてガーゼを当てたり、
打ち身を冷やしてやる程度のものである。

漸くひと段落ついたので、
井戸から汲んだ冷たい水で絞ったタオルをセンに投げつける。

「お疲れ様でした」

が声をかけると、皆一様に椅子の上でだれた。

「疲れた。
 ヒョウ様、今回も強かったけど」

「俺らって仮面とって良いって言われたけど、
 まだまだだよな」

「羅将と同じに考えたら駄目だろ」

ははは、と力なく笑って、再びげっそりする。
は人数分の水をコップに入れて用意して、皆に出した。

「化け物だよなあ」

「なあ……」

戦場に出ないには何も分からないが、
兄達はどうやら苦戦を強いられたらしい。

いつもはそのままお酒を出したりするのだが、
ノックの音がしたのではドアの方へ急いだ。
この部屋に集まる人間はいつも兄を含め三人で、
それ以外の人間ということは、気心の知れた仲ではない者である。
一応仮面の無い修羅としては、威厳を損なってはいけない。
ということで、
が振り返ると三人は真面目な顔で反省会を始めた。

「はい?」

反省会を始めたのを確認してから、はドアを開けた。
すると、そこには噂の羅将の一人、ヒョウが立っていた。

「邪魔をする。
 センの妹というのは、君か?」

「ええ、そうですが?」

名前が出たので呼ばれたと思ったのか、
センが奥から出てきた。

「何か?」

「いや、手当てをしていると聞いてな」

駄目だったのだろうか。
センは素早く「申し訳ありません」と謝った。

「いや、謝ることではない。
 セン、悪いが妹を少し貸してもらえないか?」

羅将三人の中でヒョウが一番人が良い、
と以前噂をしていたのはセンである。
唐突な申し出に、
センはの意思も確認せずに「どうぞ」と言った。
酷いのは兄だ。

ヒョウはを廊下に連れ出して、少し歩いた。
は城の通用口から兄の部屋までの廊下しか歩いたことが無いので、
自分がどちらに向かって歩いていっているのかよく分からなかった。

到着したのは、
兄の部屋とはまったく違う豪華な設えの部屋だった。
この城にこんな部屋が用意されていたことに驚く。
女官が茶の用意をしてくれ、
応接用らしきソファを勧めてくれた。
居心地が悪いことこの上ない。

「あの、兄は何か責任を問われるのでしょうか?」

のんびり茶を飲み始めたヒョウに、
は耐え切れず尋ねた。

「いや、それはない。
 私は君にお願いしたいことがあって呼んだのだ」

そこで、ヒョウは女官に部屋を出るよう合図した。
広い部屋に二人だけ残される。
は緊張で手に変な汗をかいた。

「兄の女官を、一月程やってもらいたい」

は返答に困った。
ヒョウの兄とは、この国最強の羅将、カイオウである。

「か、カイオウ様の?」

「そうだ。
 何故自分が、と疑問に思っているだろう。
 それは、君が手当ての知識があるからだ」

ヒョウは詳しく説明してくれた。

ヒョウの知らぬところで、
カイオウはどうやら怪我を負っているらしい。
ときどきあることなのだが、
ヒョウがいくら尋ねてもカイオウは詳しい話をしてくれない。

理由はともかく、手当てを受けて欲しいのだ、と。
だが、話もしてくれない状況では医者に見せにくい。
だから、手当てのできる人間を女官として傍におきたい、と。

「君はセンの妹だから、
 あまり困ったことにもならないだろう。
 良い勉強にもなる。
 嫁ぎ先も決まるやもしれん」

が返事に窮していると、
ヒョウは少し困った顔になった。

「そうだな……
 センと友人達があの部屋で酒を飲んでいた、
 という話も無かったことにしよう」

「……酷いです」

「自分でもそう思う。
 思うが、私も兄が心配なのだ。
 是非、お願いしたい」

ヒョウは困った顔で、頭を下げた。
は不承不承、
兄の不祥事をもみ消すことを条件に承諾した。
ヒョウは「ありがとう」と笑顔で言った。

一日の間に羅将に頭を下げられて、礼を言われるなんて、
センに言ったらどんな顔をするだろうか?

こうして、の女官生活が始まることになった。