花腐し
次の戦でも、
は信長の副将を務めることになった。
とはいえ、露払いの任を負っているのではなく、
信長が討ち漏らした残党の殲滅を仰せつかっている。
前回に比べ銃の扱いは格段に慣れていた。
弾き、踏み込み、撃つ。
この動作に戸惑うことが無い。
それに加えて、
この戦で返り血を浴びることも気にならなくなった。
慣れたと言うよりは、
そんなことに構っている暇は無いと悟ったと言うべきか。
目の前で頭が爆ぜ、血しぶきが飛び散る。
他人の命を奪っておいて“構っている暇は無い”とは、
人として何かを失くしたようにも思われたが、
それは
が生き残るために必要なことでもある。
途中から返り血を浴びて安堵していることに気が付いた。
返り血を浴びるということは、
その相手との勝負に勝ち残ったということだからである。
信長から直々に指導を受けた遠方への射撃を披露することは無かったが、
それでも生き残れるのだという自信がついた。
血まみれの
をみて仲間はぎょっとするが、
それもどうでも良かった。
が射撃場で練習していると、
暇があれば信長が指導をしてくれるようになった。
光秀は後ろに座ってああしろ、こうしろと口を出していたが、
信長はほとんど何も言わずと手本を見せてくれる。
妙な所があれば容赦なく扇子などではたかれる。
どちらが良いとは言いにくいが、とにかく上達はした。
戦はあっけなく、さっくりと終わった。
副将である
は信長が領主の首を一撃で跳ね飛ばす様子を見ていたが、
そう簡単に敵が死んではつまらないだろうと思った。
信長は敵の不甲斐なさに不機嫌な様子であったが、
頭数だけはそろっていたので多少満足した様子ではある。
「
」
信長が呼ぶ。
「はい」
が駆け寄ると、ぽい、と小さな袋を投げられた。
受け取って開けてみると、中には金平糖が入っていた。
「次は此度の倍は働けい」
そう言って去っていく。
褒められたのだろうか。
そういえば、蘭丸は褒美に金平糖を貰っていたと聞く。
この戦場のどこで準備したのかさっぱり理解はできなかったが、
「はい」と
は返事をして大事に懐に仕舞った。
(よろしくないですね)
光秀は懐に袋を仕舞う
を眺めながら思った。
帰蝶と蘭丸を失い、
そうして純粋なる恐怖の存在、魔王となりそうだというのに、
とんだ不純物が紛れ込んだものである。
これでは、また裏切りたいと思う心が疼いてしまう。
信長が純粋な恐怖たる魔王であれば、
光秀は身命を賭して仕える覚悟がある。
それ以上の譲歩はできない。
光秀の野望を阻む危険因子、
は隔離してしまおう。
そうして彼女には死んでもらおう。
手を打つのは早いほうが良いだろう。
幸いなことに、
は事務処理にも長けている。
将としての経験を、とか何とか理由をつけて、
遠方においやることくらいは可能だろう。
勝家をつけても良い。
それに加えて、今の
の態度である。
彼女は信長への恐怖を失いつつある。
憧れや、承認への欲求。
そういった蘭丸に近い感情。
それと同時にあれは。
思慕?
今の所本人は無自覚であるらしい。
思慕の情があるかもしれない、という程度である。
光秀も他人の感情の機微には疎いので、
あまり確信を持っている訳ではないが。
まるで光秀が隔離した濃姫と蘭丸を合わせて薄めて詰め込んだような、
そんな存在になってしまった。
信長は意図せずそういう存在を求めているのだろうか。
彼にとってはただの傀儡の一つかもしれないが、
光秀が求める信長像の崩壊の端緒を見つけた気がした。
勝家は命じられた後処理をこなしながら、
光秀は次に自分を遠方へ飛ばそうとしているのだな、と思った。
そういう風に兵を編成しなおせという命令もあったし、
そこには
を同行させようとしているらしい。
『手篭めにしておしまいなさい』
と言われたが、それには曖昧な返事をしておいた。
は幽鬼がごとき勝家に対しても、一定の礼節を守っている。
一度裏切り、失敗し、
許されて織田に残っている勝家に対して、である。
(彼女ならば、あるいは)
そう思い始めていた。
だからこそ、ある程度の手心を加えていた。
光秀は勝家の現状に対して多少同情的ではあるものの、
他の家臣と同じく侮る態度を隠すことは無い。
なので
が殺されぬように実力を低めに報告したし、
信長の指導のおかげで銃撃の腕前が飛躍的に上がったことも、
勝家は知らなかったことにしている。
それが知れたところで勝家の評価にあまり変化は無い。
光秀に大きな嘘は付いていない。
彼の命令に背いた訳でもない。
ただし、
を生き残らせるよう多少の手心を加えるだけである。
光秀が
の監視を命じる理由はなんとなく察しがつく。
もし
が濃姫や蘭丸のように姿を消してしまったら。
勝家は再び織田家の中で認めてもらうきっかけを失う。
そうなっては困るのだ。
彼女には何が何でも生き残り、
織田軍での地位を確立して貰わねばならない。
そういった意味では彼女と共に遠方に飛ばされるのは好ましい。
彼女一人を守りながら戦うことは、
その他大勢を犠牲にすれば簡単なことであったし、
光秀の影響力が弱い中では更に難易度が下がる。
後片付けの合間に次の準備をさせながら、
勝家はそんなことをつらつらと考えていた。
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