花腐し


は頑丈な手甲と、脛当てをつけた。
他は動きやすいようにと軽装である。
つまり、手と脛以外にまともに防げる部分が無い。

「……よろしいのですか」

勝家は珍しく困惑している様子である。
命令には絶対服従。
それが裏切りを許されてからの彼の一貫した態度であるという噂である。
そんな彼が困惑しているのだから、
自分はよっぽどとち狂ったお願いをしているのだろう。

「はい。
 実戦で使えるのかどうか、確認をすることが目的ですから」

勝家は手に長い棒切れを持っている。
戦場では両端に刃のついた長柄のものを使用しているので、
おそらくそれに似たものを選んだのだろう。

「では」

「よろしくお願いします」

はホルスターに入ったままの銃を確認した。
今は火薬や弾は込めていない。
撃鉄の音で発砲したと考える。

勝家が棒を振り下ろした。
はそれを真正面からは受けず、
体を横に少しだけ動かしてかわした。
それを見越していたのか、勝家は棒を横なぎに振る。
脛当てをぶつけて止める。
が間合いを詰める前に勝家は跳び退った。

「……脛で止めるのは駄目ですね。
 飛び込む前に間が出来てしまいます」

「わかりました」

理想としては、手甲ではじいた次の瞬間に間合いを詰め、
ひるんだ相手ののど元に銃口を当てることである。
当たらなくとも良い。
鼻先まで近づければ、さすがに的は外さない。

「では、もう一度」

勝家は構えなおした。
早く会得しなければ死ぬのはである。
弱音を吐いてはいられない。
はまっすぐに勝家を睨みすえた。

それから手甲ではじく練習を重ね、
ある程度の所でその直後に間合いを詰められる動作を加え、
ホルスターから銃を抜いて引き金を引く。
それらが簡単にできるようになるまでどれくらいかかるのかと思うと、
気が遠くなりそうだった。





光秀はちら、と前を往く信長を見た。
そして、その隣に侍るを見た。
もやもやと不安が広がる。

「勝家。
 は仕上がっているのですか」

城を出る直前に、光秀の副将についている勝家に尋ねた。
勝家は「いいえ」と短く返事をした。

様は防ぐことがどうにかできるようになった所。
 それ以上のことはまだ」

「戦場では」

「おそらく、使い物にならぬかと」

良かった。
光秀は微笑んだ。

「ご苦労様でした」

良かった。
本当に良かった。
光秀は間に合ったのである。

この戦場で、が失態を犯せば次は無いだろう。
運が良ければ彼女は命を落とす。
そうすれば光秀が望む信長のまま。
何も問題は無い。






信長は織田軍の誰よりも突出していた。
そんなことは承知である。
突出したところで困ることは何も無い。

は隣を走っている。
敵とぶつかるのはもうすぐのことである。
全員まとめて信長一人で殲滅することもできたが、
今日は彼女の働きをこの目で確かめたい。

何故に銃を与えたのだろうかと問われると、
それが良かろうと思ったから、と答えるしかない。
大した理由は無い。
彼女が生きるか死ぬか。
銃を使いこなせるかどうか。
ほんの余興である。

怯える敵が眼前に迫る。
信長は刀を手に突っ込んだ。
ショットガンをぶっ放し、敵を掴み、引き寄せ、
そうして斬る。

斬る。

殺す。

己の外にもう一段、淡い己が居る。
あまり多くのことはできないその外側の己は、
戦闘においてはその能力を遺憾なく発揮してくれる。

ふと振り返ると、
が振り下ろされた刀を手甲ではじいたところだった。
くるりと身を翻し、
流れるような動作で銃をぬく。

火薬が爆ぜる音がして、敵の頭が吹き飛んだ。
吹き飛ばしたの方が驚いた顔をしている。
血しぶきがに降り注いでいる。

面白い。

そうして眺めていたので、
の背後から別の敵が近付くのが見えた。

「何をしておるか!!!」

反射的に叫ぶ。
敵に対してではない。
が何を呆けているのか、という意味である。

は状況を理解した。
振り返るが、遅い。
信長はショットガンでその敵を撃ち殺した。
吹き飛ばされてゆく死体をが呆然と見送る。

「申し訳ありません」

は渋い顔をして戻ってきた。
愚物にかける言葉は無い。
しかし、先ほどの一撃は見事であった。
その動きに免じて、許す。
二度目は無い。

信長は走った。
敵は呆れるほどに弱い。
走ることと斬ること、屠ることが同時に出来るほどである。
そんな敵に対して苦戦するとは、
光秀はを甘やかしているに違いない。

時折様子を見てみるが、
どうやら最初の一発はまぐれだった様子である。
うまくはじくことも出来ない場合すらある。

出来ぬことは無いのだから、すれば良い。

信長はそれ以上を助けることはしなかった。
敵を皆殺しにしながら進み、敵総大将を殺した。
は生き残っている。
最初の一人目から返り血をしこたま浴びていたので、
本人の怪我の具合は分からない。

「信長公……我らにも手柄を立てさせてくださいませんか?」

光秀がのっぺりとした笑みを浮かべて言う。

「たわけめ、己の弱さを恥じるが良いわ」

「皆が信長公と同じく強くあることができれば、
 私の苦労など毛ほども無かったでしょう。
 では、後処理はお任せを。
 座してごゆるりとお待ち下さい」

領土云々についてはあまり興味が無い。
この世界の万物悉く灰燼に帰す。
だから誰が死のうが生きようがどうでも良い。
些事は誰かに任せれば良い。
さて戻ろうと踵を返したが、が来ない。

「何をしておる」

真っ赤なに声をかける。
ぼんやりと立ち尽くしていた彼女は、声をかけられて我に返った。

「……すぐに支度を」

走り去る。
見たところ、どこかを庇う様子は無い。
どうやら彼女を赤く染めているのは敵の血だけのようだった。
信長はそれで満足だった。