悪夢呼ばい
青葉城を追い出された
瓊佳たちが次に向かったのは、加賀だった。
何やら祭りの準備をしているらしく、
街はどこかにぎやかである。
今まで見たどの街よりも、人々の顔に笑顔があるように見えた。
「傾奇者、という評判もあるが、
前田慶次の武人としての腕前は一級品だよ」
その街中を歩きながら、久秀は珍しく他人を褒めた。
「民思いの領主であるし、卿にぴったりやも、な」
「……どうしてそう持って回った風に言うんですか」
「素直に褒めたつもりなのだが、お気に召さないかな?」
「そうじゃなくて……」
どうせこの嫌味な男は
瓊佳で遊んでいるのである。
彼の口から出てきた褒め言葉ほど信用ならないものはない。
瓊佳は思った事を言葉にはせず、ため息として吐き出した。
「これで今回準備していた人間は最後なのだ。
決まらなくても私のせいにしないでくれたまえよ?
卿の資質の問題で断られることもあるわけだし」
「分かってますよ!」
こんなとき、風魔が居たところで何の役にも立たない。
彼は無口すぎる。
「ところで、卿は気づいているかね?」
「はい?」
「さっきから尾けられているよ」
ば、と
瓊佳は反射的に振り返った。
しかし、妙な人影は無い。
「……軽率な行動は自重してくれたまえ」
「尾けられてるって」
「風魔」
魔法の言葉か何かのように久秀が風魔を呼ぶと、
すぐ後ろで「ぐえ」と妙な声が聞こえた。
久秀はすぐに引き返し、角を曲がった。
瓊佳も慌ててそれに続く。
「卿も暇だな」
久秀は冷たい声で、
地面に押さえつけられている青年に向かって言った。
風魔ががっちり押さえつけているが、
どうやらかなり力があるらしくうごうごと動いている。
「だって、かわいい女の子が一緒に歩いてるのがあんただったら、
誘拐かなんかだと思うだろ?」
「この軽薄な男が前田慶次だ。
どうかね」
彼はこの紹介で「素敵」と言うとでも思っているのだろうか。
「どうって、え、あの書状にあった話って本当なのかよ!?」
「こんなくだらない用件で、手の込んだ嘘などつかんよ」
今までの人々にはどのような書状が渡ったのかよく分からないが、
彼には本来の趣旨の手紙が届いていたのではないかと期待できる。
「くだらない用件で悪かったですね」
「おっと失敬。
つい本音が漏れてしまったようだ」
「それより、こいつどかしてくれよ」
慶次がもがきつつ言うと、
久秀は「すまないなあ」と心にもなさそうに言って風魔をどかせた。
立ち上がった慶次は久秀よりも、風魔よりも背が高い。
「君が
瓊佳ちゃん?
丁度良かった、これから祭りだから楽しんでくれよ!」
慶次は笑った。
太陽のような彼の笑みには人を安心させる力がある。
瓊佳もついつられて笑みを浮かべた。
「では、私は少々利家殿に話があるのでこれで失礼するよ。
何かあったら風魔を呼びなさい」
久秀は珍しくそのまま姿を消した。
気づけば風魔の姿は既に無く、
「こっちへおいで」と言う慶次について
瓊佳は歩いた。
出店が既に通り沿いに出ており、
冷やしたキュウリなんかを売っている店もある。
あめ細工の店の前には子どもが行列を作っていた。
慶次はその子どもの後ろに並び、
瓊佳に一つ蝶の形の飴を買ってくれた。
何もかもが珍しかった。
何せ、祭りは座敷から眺めるものと決まっていたからである。
「……なんなんだよ、これ!」
突然、慶次が叫んだ。
「何がですか?」
びっくりして蝶の羽をかじりとってしまった。
「いや、うーん、忍の見張りがしっかりしすぎっつーか……」
「何か悪いんですか?」
「
瓊佳ちゃんはおっさんと良い仲なの?」
慶次の言葉に、
瓊佳はふきだした。
「あの方とうまくやっていけるほど、私の器量は広くありません」
瓊佳が笑いながら言うと、慶次は苦笑した。
「
瓊佳ちゃんに近付く度に忍が動くしさ、
過保護っつーか、それ以上だと思ってさ。
そうじゃないならうーん、おっさんの片思いか?」
「笑えない冗談ですね!」
そうは言いつつ、慶次のおどけた口調に笑ってしまう。
今まで会った中では一番歓待してくれているし、
何より
瓊佳を相手に手の内を隠す様子が無いようにも見える。
なので、気になっていたが誰にも聞けなかった質問をぶつけてみた。
「兄からの手紙は何と書いてあったのですか?」
「ん?
ああ、妹が同盟相手となるべき人間を見定めるべく行くってさ。
世間知らずの娘だからおっさん付きで、ってあったけどね」
意外に普通な手紙である。
皆、久秀の名前に警戒していたのだろうか。
これまでの他所での対応の話をすると、慶次はげらげらと笑った。
「それ、公方さんも
瓊佳ちゃんを誰にも渡す気無いよ」
「兄馬鹿なんだから」
「兄だからなのか、そうじゃないのか、どっちだろうねえ。
それにあのおっさんがそんな話に乗った上に今の警戒ぶりだろ?
やっぱり覚悟しといた方が良いんじゃないの」
「何をですか」
「三角関係」
その言葉が余程おかしかったのか、慶次は腹を抱えて笑った。
瓊佳は呆れて言葉も出なかった。
が、やはりつられて笑った。
客としてもてなしてくれるというので、
慶次に案内されて祭の特等席についた。
既に利家とまつ、そして久秀はそこにおり、
酒を飲んでいた。
加賀の祭りは
瓊佳が知る祭とは異なり、
盛り上がると慶次も利家も、
おとなしそうなまつまでもが輪の中へと出て行った。
座敷には久秀と
瓊佳だけが残されている。
「祭は楽しめたかね?」
「はい。
でも」
「何かあったのかね」
「兄様に聞きたいことができました」
そう言うと、久秀は意地悪そうににやりと笑った。
「言っておくが、私が絵を描いた訳ではないよ」
「……やっぱり、兄様なのですね」
瓊佳はため息をついた。
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