悪夢呼ばい
「次はまともな人なんですよね?」
の念を押すような問いに、久秀は苦笑した。
「さあて、不安になってくるなあ」
二人は浜辺に立っていた。
風魔はどこに居るのか、見当たらない。
一応日よけの傘をさして、長曾我部元親が来るのを待っている。
「どうしてそんな人を紹介するんですか」
「力のある男であることは保障するよ」
久秀の言葉に
は押し黙る。
くずおれる義輝を見たくない。
その一心で始めた婿探しなので、
力があるといわれれば文句は無い。
暫くして、沖合いの船から一艘の小船が近付いてきた。
ある程度の浅瀬まで近付くと、
その船に乗っていた男はざぶざぶと膝下を海水に浸して歩いてくる。
「何か用かよ」
「用がなければこんなところまでは来ないよ」
はっきりと分かるほど顔を顰めて、
その男は大きな碇を浜に突き立てた。
「義輝公の妹君が諸国の強者を見たいと御所望でね。
今回は付き添いだ。
姫、これが長曾我部元親だ」
「よう」
じろ、と片方だけの鋭い目が
を見下ろす。
「卿の目つきが悪いことは先刻承知だが、
そう睨んで差し上げるな」
が返事をする前に、久秀がそう悪態をついた。
元親は舌打ちをした。
「暇がありゃ新しく作らせた船に乗せてやりてぇ所だが、
今はまだ試運転なもんで、
お姫さんを乗せてやるわけにはいかねえんだ。
悪いな」
「外海へ出る船ですか?」
が問うと、元親は驚いたように目を見開き、
そして眩しいくらいの笑みを浮かべた。
「そうさ!
瀬戸内の海なんざ目じゃねぇくらいの景色が待ってるんだ。
興味あるかい?」
きっと彼には見えるのだろう。
海の向こうの世界とやらが。
しかし、
は外の世界よりも前に何とかしたいことがある。
彼はきっと気持ちの良い男なのだろうけれども、
その意識は日の本ではなく外の世界にある。
「少し。
……ですが、お話を聞くだけで十分です」
「そうか、そりゃ残念だな」
「私は卿の船に興味があるがね」
久秀が横槍を入れると、
元親は分かりやすく顔を顰めた。
「手前ぇに見せられる物は無ぇよ」
「手厳しいな」
久秀は一人で笑った。
「お姫さんには悪意があるとは思え無ぇし、
気が向いたら寄ってくんな。
少しくらいなら乗せてやっからよ」
元親は竹を割ったような性格らしい。
そして、腕っ節は久秀に保障されるほど強い。
彼が義輝の傍に居てくれたらどれほど心強いかと思ったが、
にそれを強制する力は無い。
後ろ髪を引かれつつ、
彼が船へ戻るのを見送った。
「良かったのかね?
卿も随分好意的だったようだが」
久秀は
の変化を見て取ったらしい。
「長曾我部様は己の行く道をすでに見据えておいででしたから」
は苦笑交じりに答えた。
「……私はどうやら卿を見誤っていたようだ。
日の本一の武人を探していると聞いたが、
何ゆえそのような輩を探しているのかね?」
は久秀の表情をうかがったが、
初めて会ったときと同じ薄ら笑いを浮かべているだけで、
変化は毛ほども見当たらない。
義輝は久秀を『私と思って頼れ』と言った。
笑われたとしても、彼も大人なので大目に見てくれるだろう。
「馬鹿な女とお思いになるかもしれませんが、
私には恐れていることがあるのです」
「ほう?」
「義輝兄様が誰かに殺されてしまうことを。
兄様は武芸においても他の追随を許さぬお方。
その兄様をお守りできる方となると、
やはり日の本一と謳われるくらいの方が望ましいと思ったのです」
「義輝公を守る、ね」
「おかしいですか?」と復唱した久秀に問うと、
同じ顔のまま首を横に振っていた。
「毛利様は誰か余人を仰ぐような方には思えませんでしたし、
山中様は尼子様を主と思い定めているご様子。
長曾我部様は外に思いをはせておられるようでした。
そうではなく、兄様をお守りしてくださるような、
日の本のことを考えてくださる方が良いのです」
「理由は承知した。
しかし、卿は色恋事に興味が無いのかね?」
「好き合っていることと、嫁ぐことでは、
まるっきり意味が異なりましょう。
気持ちで力が手に入るのならば多少興味も持てるかと思いますが」
そう言うと、久秀はにぃ、と口角を持ち上げた。
「おかしいですか?」
「いいや、卿は随分合理的な思考をお持ちのようだ」
「はあ……。
松永様は私を何だと思っておられるのですか」
「望月のようだと思っているよ」
望月。
「……ふとましいと」
「いや、他人の力で輝くところなど、似ていると思わんかね。
もっとも、胸にも尻には肉をつけたほうが良いと思うから、
繊月か三日月の方が良いかな」
睨むと、久秀は人の悪い笑みを浮かべるだけだった。
「冗談はこの辺にして、
次は日の本のことを考えぬいた御仁に引き合わせよう。
風魔も居るし、私も出来うる限りのことはさせてもらうが、
今度は己の身くらいは守る覚悟をしておいてもらおう」
そう言って久秀は指を鳴らした。
どこからともなく現れた風魔は傘を畳み、
すぐにでも出立できると態度で示す。
「遠いのですか」
「いいや、然程。
己の脚で行くには少し億劫だが」
久秀はにやにや笑っていたが、
には彼が何故そんなに楽しそうなのかは分からない。
先ほどの言葉にもあったが、
次に会う誰かはよほど危険人物なのだろうか。
そして、その誰かと一戦交えることを楽しみにしているのか……?
そう思うと、やはり彼の性格は悪いと言わざるを得ない。
だが、今の所
の望む形で物事を進めてくれている。
義輝たっての願いということもあるかもしれないが、
結果として願いが叶っているのだから文句は無い。
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