悪夢呼ばい



「今から会うのは毛利元就だ。
 彼の知略は日の本一、と言っても差し支えなかろう。
 卿よりは少し、年嵩かと思う」

久秀は飄々と座っているが、
は周囲からの視線に落ち着いてなどいられなかった。
むき出しの敵意ではなく、疑いの視線。

「ま、松永様。
 なんだか視線が痛いんですけれど」

「それは私の不徳の致すところだなあ。
 なぜかどこの人間からも嫌われるのだよ」

「はあ……」

その性格の悪さが滲み出ているのではないか、とも思ったが、
彼のことならばそれどころではなく、
お国の存亡に関わる嫌がらせなんかもしていそうだと思った。
口に出すことは出来ないが。

暫くして、襖が開いて華奢な男性が部屋に入ってきた。
一応は将軍家の人間であるが上座に座っているが、
入ってきた男性はあからさまに不機嫌そうな顔を隠そうともしない。
視線の冷たさは久秀と並ぶだろう。
その久秀はの隣に侍り、
その不機嫌な男性とは対照的ににやにやと笑っている。

「お忙しいところすまないね、毛利殿」

「将軍家の姫君をお待たせしてすまない。
 して、松永殿がなぜおられるのか」

「将軍直々に姫君の諸国歴訪の旅のお供を仰せつかってね。
 いやはや困った、困った」

久秀だけが笑った。
空気が寒い。

「あまり詳細はうかがっておらぬが、
 姫君は何用で我が城へ参られた」

じ、とガラス球のように感情の無い双眸がを見た。

「……日の本一の武人を探しております」

「ここにはそのような輩は居らぬ」

「知略も力の一つと考えれば、毛利殿も日の本一と呼べよう。
 謙遜はいらぬ」

久秀が横から口を挟むと、
元就は目に見えて不愉快を顔に出した。

「……一つ確認しておきたいことがある」

元就はとだけ会話すると定めたらしい。
久秀の方は見ず、の方をまっすぐに凝視している。
は多少怯えながら、「どうぞ」と先を促した。

「将軍からの書状では様は妹とあるが、
 彼の妹にという娘が居るとは聞いたことが無い」

「正確には妹ではありません。
 ですが、妹君達と同じように扱っていただいております」

そう言うと、元就はにぃ、と笑った。

「そういうことならば、我もそなたを歓迎しよう。
 松永殿を連れての領内の移動は街道沿いだけに制限させて頂くが」

「怖いなあ」と久秀は隣で笑った。
それから暫く雑談を交わして、元就は用があると部屋を出て行った。

「どうだね」

彼の足音が完全に遠ざかってから、久秀はそう言った。

「冷たい方ですね」

「冷静な、と評価すべきところだよ」

「冷静な方なのでしょう。
 ですが、ひとたび邪魔だと思われれば、
 私などただの塵芥と代わらぬように思われる方かと。
 歓迎していただけるのも、やはり兄様の力ですし」

久秀が沈黙したのでそちらを見ると、
彼はややあってまた普段の笑みを貼り付けた。

「慧眼だなあ、御見それする」

「馬鹿にしないでください」

その程度に感じの悪い対応だったことは、
誰の目にも明らかだろう。

「……次へ行くかね」

「そうしてください」

そういうことになった。






次に訪れたのは、砂埃の舞う中に立つ城だった。

「ここは尼子晴久の城でね。
 彼は不在のようだが、
 麒麟児との呼び声高い青年が居るのだよ。
 まあ、卿からすると幾分か年下になるのだが」

「はあ……」

折角の久秀の説明であるが、
は気の抜けた返事しかできなかった。

「……何故鹿が城内をうろついておるのだろうね」

その生返事の原因は目の前にある。
は松永と並んで、目の前で寛いでいる鹿を眺めた。

鹿は無言であるが、どことなく敵意のある視線を向けてくれている。
毛利の城での視線に比べるとまだマシだと感じられるのは、
やはり彼が鹿だからだろうか。
つぶらな瞳が愛らしい。
そんなことを考えていると、騒がしい足音が近付いてきた。

「おやっさーーんっ!!」

すぱん、と勢い良く襖が開いた。
茶色のふわふわとした髪の毛が印象的な、
まだ少年と呼んで差し支えないほど若い男が立っている。

「えと、あれ、お客様?」

「……彼が山中鹿之助君だ」

久秀が眉間を押さえている。

「ええと、あ、そうだ、将軍様のところのお姫様でしたっけ?
 今晴久様は行方不明でして、
 その……」

しどろもどろに鹿之助は状況を説明してくれる。
は一応辛抱した。

「犯人知りません?」

最後は何故か晴久誘拐犯を知らないか、と尋ねられた。

「知りません」

はきっぱりと言った。

「……私も広く人材を求めすぎたようだ」

ため息交じりに久秀が言う。
それに同調するかのように鹿が弱々しく鳴いた。

「そのようですね」

がそう相槌を打つころには、
なぜか鹿之助は鹿に蹴られている。

「次に行こうか」

「そうしてください」

どうやら、日の本一の武人を探すというのは前途多難であるらしい。
そもそも久秀の人選も怪しい気もしてくる。

「次はしっかりした人なんですか?」

と嫌味ではなくが尋ねると、
「今よりはマシだと思うがね」と久秀は苦笑交じりに答えてくれた。