風に舞う塵を掴む


は松永が去った後、
彼が持ってきた団子が冷え固まったところで、
細切れにして池の鯉にやった。
鯉は餌だと思ってわれ先にと団子の切れ端を口に入れる。
その後一匹たりとも浮かんでこなかったので毒は無かったのだろう。

(殺したい訳じゃないとわかっていても、ねえ……)

殺したいのであれば、
山を下るときに風魔が姿を消した後で殺せば良い話であった。
それをしなかったのは生かすつもりがあるということだが、
信用の置けそうだとはお世辞にも言えない人物である。

落ち着いて考えると、
は己の浅慮を恥ずかしく思った。
風魔が逃がそうとしていたのだから、
大人しく一人でなんとかしておれば良かったものを。

それからも松永は暇を見ては顔を見せてくれた。
「女性は好むのだろう?」と甘味を毎回持参してくれる上、
客人なのだからと茶を点ててくれる。
それを断る勇気は無いので、
は渋々点ててもらった茶を頂く。
彼の茶の腕前が確かなのは分かるが、
立てる人物が人物なだけにしっかり味わえないのが残念である。

松永の方はそんなの葛藤など意に介さないようで、
毎回茶器のコレクションを披露してくれる。
氏政に付き合って多少嗜む程度の知識だったので、
どれほどの価値があるのかにはよく分からない。

「これはさる御仁から買い上げたものでね。
 痛い出費ではあったが気に入っているのだよ」

そう言って茶碗を眺める姿はただの趣味人にみえなくもないが、
その鍛え上げられている体躯や、
鋭すぎる視線が彼が危険人物であることを物語っている。
武将として有能で、趣味人としても一流なのかもしれないが、
人としては信頼できない。

「おっと、これは失礼。
 茶器などあまり興味が無いかな」

「いえ、毎回貴重な品をお見せ頂きありがとうございます」

「道楽だからね、わざわざ礼を言っていただくような物でもない。
 風魔もこうして顔を出してやれば良いものを、困ったものだ。
 卿も一人で過ごすのは不安であろう」

「……風魔様はお忙しいのでしょう」

「彼の仕事を減らすよう努力しよう。
 しかし、最初はてっきり将来を誓った仲なのかと思ったのだが、
 そうでもないようだね」

松永の言葉には苦笑した。
しかし、下手に言葉を発するとどう取られるか分からない。
は苦笑の顔を貼り付けたまま、沈黙する。

「……卿らはよく似ているよ」

同じく苦笑しつつそう漏らした松永であったが、
その目には苛立ちを見て取った。






は良家の子女である。
これは間違いない。
だが、どこの家の娘なのかがはっきりしない。
久秀は苛ついていた。

呉服屋を呼んで布を見せてみたが、
彼女の目はかなり確かであった。
一目では違いがよく分からない反物を持ち込ませたが、
最初に手に取ったのは一番安いものだった。
高価なものを進めても、やんわりと断られた。

茶器の話にもそれなりについてくる。
作法も一通り仕込まれているようである。
立ち居振る舞いを見ていると、
武芸も何か身につけている様子でもある。

そんなどうでも良い所でぽろぽろと下手を打つが、
風魔に関しての口の重さは際立っている。
下手に何か言うくらいなら、とでも思っているのか黙る。
黙られてしまうと、今のところ久秀に打つ手が無い。
無理矢理吐かせてしまいたいが、
それでは一番の目的が潰える可能性がある。
もどかしくてたまらない。

更に言うと、彼女に関する情報で新しいものは出てこない。
もう暫く待って、それ以上何も出ないとなれば諦めるほか無い。

(待てよ……?)

彼女にだけ目を付けていたが、
あの城に風魔は殆ど関わりが無い。
彼が元々仕えていた、今は無き北条家から攻めるべきではないか?

思いつくと、
どうして最初からそれを考えなかったのかと不愉快になった。
その程度に正しい方針であると思われた。
久秀は次の報告で、
調査範囲の変更を指示することに決めた。






「今日も松永さんが来たのよ」

小太郎は困った顔をしているの顔をじっと見た。
酷い目に遭っているわけではないようで、少し安堵する。

「小太郎のことを調べてるような気がするんだけど……
 でも確信が無いからはっきり言えないんだけど」

松永が己のことを探っていることを、小太郎は知っていた。
彼はただの雇用主であるが、何か狙いがあるようである。
それが何であるのか、今の所ははっきりしない。
“心配ない”の意思表示に、小太郎はの鼻を指ではじいた。

「ぶっ」

が顔をくしゃくしゃにする。

「もし……もし、私のせいで小太郎とか、
 氏…誰かに迷惑がかかるなら……」

小太郎は人差し指を唇の前に立てる。
言わせない。

氏政は小太郎を可愛がってくれた。
複数の主に仕えたが、彼ほど小太郎を可愛がってくれた主は他にない。
その記憶にはが共に存在する。
彼女をあの寒村から送り出したいと願っていた氏政。
昔々の伝手を頼って出したものの、
今の、歴代の主の中でも一番不穏な主に捕えられてしまった。

松永が彼女の部屋を頻繁に訪れているというのも気になる。
彼女を送り出す準備を急がねばならない。

必ず逃がす。

小太郎はそう決意を新たにした。