お祭り騒ぎ
「……よっと」
佐助は見張り台の屋根の上に乗った。
夜風が心地よい。
彼がそんな場所にやってきたのには理由があった。
他の陣営の兵力を探れる目安になりそうなものを探るためである。
別に何でも良い。
判断するのは幸村や信玄の役目である。
かすがや風魔も同じようなことをしているのか、時折出くわす。
出くわさずとも、それぞれの気配をそこかしこで感じる
(対策立てられてるところを調べるのって、骨が折れるんだけどね)
と、思いながらため息をつく。
しかし、苦労ばかりではない。
手に残る柔らかな感触。
調べている人間を付回す類の人間ではなく、
単に運悪く出くわしてしまっただけ。
(あれは忍って訳じゃないな……)
鍛えていない、どこまでも柔らかな腿。
初心なのか、顔を真っ赤にして。
それなのに信玄と幸村の殴り愛を見てもそれほど動揺せず、
物怖じせず言葉を交わせるその胆力はなかなかである。
ああいう子が近くにいれば幸村ももう少し落ち着くだろうか。
多少邪な気持ちがあったことは否定しない。
ただの侍女なら本当に連れて帰れるだろうかとも少し考える。
しかし、その前に先ほどの続きを…とも思う。
一度伸びをして、桟敷に戻ることにした。
あまり遅いとどやされかねない。
政宗は飽き始めていた。
こうして各地の領主が一同に会する場など滅多にないので、
それなりに情報を探らせてはいるものの、
武田や上杉、松永の忍のような特殊な人間は手元には無い。
「……やはり、忍を雇い入れるべきでしょうか」
小十郎が煙たそうに上を見上げる。
その視線の先には武田の忍が立っていた。
「No problem!
大勢に影響は無えだろ」
政宗は反対に視線を回転盤に落とした。
先ほど官兵衛が壊した桝目を修繕している。
まだしばらく時間がかかりそうだ。
政宗は立ち上がった。
「どちらへ」
「厠だよ」
心配性の小十郎もさすがに何も言わない。
そもそも、客は武器の携行を禁止されている。
大谷の移動手段らしい玉であるとか、
一部が認められている程度である。
身の危険は殆ど無い。
だから小十郎でも黙る。
政宗は廊下に出て、しかし厠には向かわなかった。
単に暇つぶしにうろついてみようと思っただけである。
暫くして、幸村に出くわした。
深刻そうな顔をしている。
戦場では愛槍をいつも持っているので、
丸腰の幸村というのはなんだか間抜けな印象である。
「どうした?」
「ぬ、政宗殿か。
いや、今しがた穏便ならざるものを見た故……」
そう言って幸村が顔を顰める。
「穏便ならざるだぁ?
どんな大層なhappeningだよ」
「松永殿が
殿をあちらの部屋に……」
「
?」
「司会の女性にござる」
政宗は思い出そうとしたが、顔がどうにも思い出せなかった。
しかし、そういえばその程度に見知らぬ女が司会をしていた。
「しけ込んだって?
ほっとけよ」
「そ、某もそのくらいの気遣いは致す!
しかし、嫌がっておられたようにお見受けした故迷っておる」
なかなかに面白い状況である。
「乙女の危機に何をごちゃごちゃと……!」
通りすがりの直虎が低い声で唸った。
どうやら話が聞こえていたらしい。
彼女と幸村が居るだけで気温が上がる。
「Shut up!
危機なのかどうか決まっちゃいねぇだろ。
ここは様子を見てだな」
「はいはい、大将もそんなくだらないことに参加しないの。
そういうのは俺様の仕事だから」
いつの間に現れたのか、幸村の隣に佐助が立っていた。
「佐助ぇっ!」と幸村が叫ぶ。
佐助は慌てて「しーっ!!」と幸村の言葉を飲み込ませた。
「いざとなったらそこの直虎さんも助けてくれるんでしょ?
だったらさっさと様子を確かめよーぜ?」
佐助はてくてくと歩いていった。
さすがに足音が無い。
政宗と直虎もその後に続き、ややあって幸村がついてきた。
「うう、もうよろしいではありませんか、松永様!」
おそらく
のすこし苦しそうな声が聞こえる。
直虎がすぐにでも襖を開けようとしたので、
佐助が後ろから口を塞ぎつつ羽交い絞めにした。
いつも幸村相手に鍛えているらしく、
手際の良さが光っている。
「卿の意見などどうでも良い、と言ったろう」
対して、松永の声はいつもと変わらない。
「ですが」
「本当にやめて良いのかね。
私が満足するように、卿が自分でできると言うのだね?」
「それは……」
「疲れたという言い訳は聞かないよ?」
しゅるしゅる、と勢い良く帯を解く音がした。
切れたらしい直虎が佐助を振り切って襖を開けた。
「不埒者がぁっ!!!」
怒りのこもった絶叫とともに、すぱん、と襖が開いた。
「……先ほどから騒がしいと思ったが」
松永が眉根を寄せた。
彼の手には何着もの着物があり、
その向かいに立つ
の肩にはすでに何枚か着物がかかっていた。
「間に合わせの衣装で色味がおかしかったからね。
選んでいる最中なのだよ。
何をどう誤解したのかは分からないが、お引取り願えんかね。
やっと諦めて大人しくなったところなのだ」
部屋の中には色とりどりの着物と、帯が何枚もかけられている。
「やはり一番外側の色は卿には合わないな。
柄は良いのだが……」
「これ、手前ぇが全部用意したのかよ?」
政宗はざっと部屋の中の衣装を眺めて、
全てがそれなりに値の張るものであり、
年頃の娘が着るような色味や柄のものばかりであることに気が付いた。
「悪いかね?
ああ、直虎殿は彼女に言い聞かせてやってくれないか。
女ならば身なりにもっと気を使えと」
「あ、ああ」と、直虎の返事も歯切れが悪い。
嫌味なのか本心なのか、はたまた嫌味をまぶした本心なのか、
判断に迷う。
「着替えの手伝いなら喜んでさせてもら――…」
「結構です」
佐助の言葉に、それまで黙っていた
が過剰なくらいの速さで断った。
「……卿らが私より趣味が良いと言うならば、
残ってくれても構わないがね。
それ以外の人間は出て行ってもらおうか。
回転盤の修理が終わるまでに決めないといかんのだ」
久秀は部屋の中に入りかけていた政宗と直虎を廊下へ押し出し、
その鼻先で襖を閉めた。
「ああ、心配せずとも卿の着付けまで面倒をみるから安心しなさい。
先ほどのような乱れなど出ないよう、
完璧な着付けを教えて差し上げよう」
「結構です。
ちゃんと着れますから、大丈夫ですから!」
が抵抗している。
あの久秀に抵抗するとは、かなり肝の太い女である。
政宗は感心したが、それどころではない男が居た。
「破廉恥でござるぅぅぁぁぁぁああっ!!!!!!」
「あーいうのは俺様にまかせて、大将は座っててね」と、
佐助は幸村を引きずっていく。
直虎は「趣味……」とつぶやいて拳を握り締めている。
彼女は
とさほど年も変わらないはずだが、
有益な助言が出来るかどうかの自信が無いらしい。
政宗としてはもっと艶っぽい事態を想定していたのだが、
随分くだらない事件に巻き込まれただけになってしまった。
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