お祭り騒ぎ


が桟敷に戻ってみると久秀の姿はなく、
義輝が一人で座っていた。

「お、戻ったな」

ザルを通り越してワクと言うべきなのか、
結構なペースで酒を飲んでいるのに義輝の顔色に変化は無い。

「久秀は茶席の準備に向かったよ。
 次の原稿も預かっている」

久秀の茶会。
毒でも入った茶を当てる、とかだろうか。
それとも表面上は穏やかに、
他人をどれだけ貶す会話ができるかを競う、とかだろうか。
百歩譲って普通の茶会だったとしても、
自由意志では参加したくない会である。

ぴ、と義輝は懐から紙片を取り出した。
はそれをありがたく頂戴した。

「回転盤の整備に入ります。
 今しばらくお待ちくださいませ。
 今回の休憩は松永久秀が茶席を設けております。
 即興で松永をうならせる演出をされた方にはなんと、
 素敵な茶器を贈呈いたします!
 興味のある方は是非ご参加ください」

景品の茶器とはこれだったのか、とは一人納得した。
織田の桟敷を見てみると、
なんと魔王本人を含む全員が移動を始めている。

「久秀のところには色々あるからな。
 どれ、私も一つ皆の趣向を凝らした演出を見に行ってこよう」

義輝も席を立つ。

魔王が用意する演出とは何だろうか。
人をなますに切るとかだろうか。
冥府から初代将軍を呼び出すと言っても、魔王だから驚かない。

(絶対に同席したくないな……)

はそう思ったものの、
この特等席の桟敷に一人残る勇気は無かった。
小太郎は久秀の所へ向かったのか、既に姿が無い。
仕方が無いので、
運営側に急遽組み込まれた二人の様子を見に行くことにした。






「何じゃ、お主は」

最初は玉の代わりにされた男、黒田官兵衛である。
休憩の今は急遽設えられた席で一人水を飲んでいる。

「今回上様と松永様に司会を仰せつかっていると申します。
 このたびはあの、大変なお役目お疲れ様でした」

「お主もなかなか不幸な役じゃな」

官兵衛はに同情的な視線を投げて寄越した。
彼よりもマシだと思っていたのだが。

「いえ、そんなことは。
 黒田様は風魔様がお連れになったと聞いたのですが、
 どちらにおられたのですか?」

「……穴ぐらの中じゃ。
 せっせと掘り進んでおったら、あの忍が来てよ。
 気づいたらここじゃ。
 訳もわからんうちにこの枷の錘ごと打ち出されたって寸法よ。
 で、これは何の祭じゃ」

何の、と聞かれても。

「上様と松永様が思いつきで開いた賭博大会です。
 黒田様が落ちるマスを予想し、その番号に賭けております」

「……何故呼ばれたんじゃろうか」

「黒田様なら面白いんじゃないかという明智様のご意見に、
 松永様が納得されまして」

「で、あの忍が来た、と」

「そうですね」

そこで官兵衛は「うおおおおお」と吼えた。
吼えた後がんがん錘を殴っている官兵衛に、
は思いついた言葉を投げかけた。

「報酬は出るみたいですよ!」

「聞いたわ!
 金鉱は掘り当てたから金はいらんと言ったら、
 穴ぐらを掘る道具で貰うことになっとる」

「へ、へえ」

「しかしこの扱いは何じゃ……」

「うおお」と再び吼えて官兵衛は錘に八つ当たりを始めたので、
はその場から撤退した。





次に、鶴姫を探した。
運営側といっても彼女は官兵衛のような肉体労働ではない。
不正に手を染める人間を探す役目を担っている。

「あ☆
 いらっしゃいませ。
 ここからは回転盤がどーんと全部見えますよ!」

その彼女は義輝の桟敷の外側に作られた廊下の屋根の上にある、
見張り台に居た。

「わあ、本当ですね。
 見晴らしが良いです」

「ここで皆さんの様子を見ていますが、
 今のところ不正の気配は感じません。
 取り越し苦労でしょう、と上様にお伝えください!」

はじける笑顔で鶴姫が言う。
卑怯者は居なくてよかったと心から思っているのだろう。

「あれ、報告は私からでよろしいのですか?」

「お願いします!
 宵闇の羽の方が先ほどいらしたのですがお伝えいただけるか不安ですし、
 他にはどなたもお見えになりませんし……」

はあ、と少し頬をそめて鶴姫が首をかしげた。
かわいらしい女の子だから許される仕草である。

「……分かりました。
 きっちり報告させていただきます!」

「ありがとうございます!」

よく見ると、鶴姫の膳はこちらに運ばれておらず、
部屋の隅に水筒が一つ置いてあるだけである。

「ぼた餅食べます?
 まつ様からおすそ分けしてもらったものなのですが」

「え、よろしいのですか?
 嬉しいです!」

自分用にとっておいた最後のぼた餅を二人で分け、
おしゃべりをしながら食べてからその場を後にした。
そろそろ桟敷に戻ろうかな、と思ったからである。
遅れては何を言われるか分かったものではない。

廊下を歩いていると、
そのど真ん中に小太郎が立っていた。
久秀がそろそろ戻るのだろうか。
もしくは既に戻っているのか?

小太郎が手招きをしているので駆け寄ったところ、
急にの腕を掴んで暗がりへ引っ張り込んだ。

「ふ、風魔様!?」

先ほど鶴姫との話に出てきたが、
そういうのは彼女にやってあげて、とか、
「後にしてくれないかね」とか久秀が出てくるんじゃないかとか、
久秀どころか他の誰かに見られたらお嫁にいけないとか、
ともかく色々な考えが頭をよぎる。

この祭が終われば解体するような廊下であり、
収納などはきっちり作られていない。
廊下の一部を広くとって、屏風なんかで物を隠しているだけである。
そんな物入れの一つには押し込まれた。

小太郎はを片手で山積みの荷物に押さえつけ、
もう片方の手がの太ももを撫でた。
恐怖で声が出ない。
分厚い胸板を叩いてみるが、びくともしない。

「おやめください……!」

にぃ、と小太郎の口が笑みに歪んだ。

あれ。
何か違う。
小太郎は無口でもあるが、
それに加えて無表情である。

「風魔様じゃない……?」

「あれ、バレちゃった?」

小太郎と同じ見た目をしているが、
目の前の誰かはやけに軽い口調でしゃべりだした。

「ええと、猿飛様ですか?」

「分かる?
 俺様感激ー」

「あの、はなしていただけませんか?」

「それは駄目。
 ちゃん、うちに来ない?
 将軍と松永に囲まれてやっていけて、
 どんな武将にも物怖じせずに話せて、
 更に可愛い女の子なんてぜひとも連れて帰りたいんだけど。
 ほら、うちってむさくるしい男所帯じゃない?」

「いやいや、ご冗談を」

「働きに応じて昇給制度もあるよ!
 その辺の評価は他所よりもしっかりしてるし」

「あはは、ですから手をですね」

「ああ、でも一番良いのは俺に惚れてくれるって選択肢だけどね」

小太郎の見た目をした佐助の顔が近い。
吐息が分かるくらいだ。
男前なのだがいかんせん近すぎる。

「ああ、多分叫んでも無駄かな。
 聞こえないよ」

少し楽しげな佐助のごく小さな声は、
の耳にはしっかり届いた。