お祭り騒ぎ


は手ぬぐい片手に上機嫌で歩いていた。
今回のこの苦行に近い祭運営の中で、
唯一楽しみにしていたものがある。

足湯である。

久秀が温泉地から湯を取り寄せ、
脚を浸して暖を取れるよう作らせたのだ。
女性はあまり賭け事に興じないからと作らせたらしいが、
も利用して良いというので休憩時間にやってきた。

「ふあー……あったかい」

さすがに日暮れから外に座りっぱなしだったので冷えていたらしい。
は湯に脚を浸して、間抜けな声をあげた。
他に客の姿は無い。
入り口に赤地に白で「ゆ」と書いてあったので、
おそらく男性の多いこの祭では利用者も少ないのだろう。

「あら、様。
 湯加減はいかがにございましょう?」

先ほど話をしたばかりのまつが入ってきた。

「丁度良いですよ!」

もにこやかに対応する。
まつは良い人だ。
すっかり餌付けされたような気もするが。

並んで座り話をしていると、
続いてマリアと市が入ってきた。

「市様、ご無沙汰をしております」

まつが言う。

「うん……」

市は居心地悪そうに引き返そうとしたが、その腕をマリアが掴んだ。

「ほら市、折角だから入りましょう。
 こちらがさん。
 後で市の所にも来るんだから、今の内に仲良くなっておきなさい。
 さんも野暮天の長政と市のこと、よろしくね」

有無を言わさぬ口調でマリアは市をの横に座らせた。
ちょっと見た目が派手で色っぽすぎるが、
どうやら弟とその嫁思いの良い人なのかもしれない。

「今日は楽しんでくださいませ」

も市に声をかける。

「うん……」

「長政は馬鹿みたいに桟敷で一人待ってるに決まってるじゃない。
 心配する必要なんて無いわ」

マリアはどうにも押しの強すぎる人らしい。
市は逆に押しが弱いというか引いているので、
延々このもどかしい会話を聞いていると心が折れそうだ。

「湯があると聞いてきたのだが、ここで良かったようだな」

と、今度は直虎が入ってきた。

「ええ。
 結構泉質も良いみたい」

マリアが声をかける。

「そうか。
 女子の柔肌を男どもに晒すような場でなくて良かった」

直虎はそういって長い脚を湯につけた。
きりりと鋭い視線は辺りをうかがっている。
どうやら覗き見をするような不埒物を成敗するつもりのようである。

「やっぱり☆
 皆様こちらに集まると思ってたんです!」

その後ろから運営側へ吸収された鶴姫が続く。

「あらぁ、鶴姫じゃない。
 あなた不正に巻き込まれるなんて、運が無いわねぇ。
 どうせ毛利あたりにつれてこられたんでしょう?」

マリアがまた声をかける。
どうやら彼女は随分顔が広いようだ。

「本当にお金を賭けているとは思っていなかったんです。
 今度巻き込んだらおしりペンペンじゃ済ませません!」

ぷんぷん、という擬態語そのままに鶴姫は怒りながら、
直虎の横に座った。

「孫市姉様みたいに、
 私もきっぱりお断りすればよかった」

「何!?
 無理強いでもされたのか!?」

直虎が立ち上がる。

「祭があるとしか聞いていなかったんです」

「若い娘を騙して連れて来るなど……おのれ毛利!
 長曾我部!」

「直虎様、落ち着かれませ」

まつが慌ててなだめる。

「悪い癖よ?
 それに別に手篭めにされたって訳でも無いんだし」

「て、手篭めっ!?」

マリアの言葉に、直虎は顔色をめまぐるしく変えて、
そして座った。

「次からは私の力でズバッと悪事を阻止!です☆
 よろしくお願いしますね、さん!」

にこ、と笑った鶴姫に、
もよろしくお願いします、と笑みを返した。
この間、市は一言もしゃべっていない。

そろそろ戻るように、と久秀からの伝言が届き、
が立ち上がると皆も席に戻ることになった。

が脇に置いていた手ぬぐいを拾い立ち上がると、
丁度そこに市がいた。

「あ」

「え」

避けようとしたのが不味かった。
半歩後ろに下がったところで、
そこに床が無かったことを思い出した。

は体勢を崩し、湯の中に落ちた。

とはいえ湯船は浅く、すぐに湯から顔を上げた。
顔の湯を手でぬぐって目を開くと、
そこにはありえない光景は広がっていた。

「全て……市のせい……」

市が床に座り込んでいる。
その周りになんだか黒い手が伸びている。
周囲の人間はその手から逃れるように距離を取っている。
武器の持ち込みは禁止されているが、
彼女のそれは武器なのかどうかよく分からない。

「いや、私も不注意でしたのでお気になさらないで!」

「あらあら、どうしましょう。
 妾の着替えを貸してあげましょうか?」

マリアが言ってくれたが、無理だろう。
美女でグラマーな女性にしか彼女の服は似合うまい。

「私の服は宿に置いておりますし……」

まつも困った顔をする。
そういえば、なぜマリアは着替えを持ってきているのだろうか。
いや、聞いてはいけない。

こういうとき、声をかけるべきは運営である。
通常であればであるが、
現在はが困っている側である。
さてどうしよう、と皆が困り顔になったときである。

「私、松永様にお声をかけてきますね☆」

運営責任者は久秀である。
しかし。

「いや、それは……」

がとめる前に、鶴姫は駆けていってしまった。
彼女も運営側に入ったのである。
やる気を出してくれたようだが、後が怖くて仕方が無い。






「湯加減はどうだったかね」

開口一番それである。
は「良かったですよ」と答えた。
結局鶴姫から久秀へと話は伝わり、
彼が手配してくれたおかげでは乾いた着物を入手できた。

「……いやに反抗的な物言いだな。
 嫌ならばすぐにその衣を返してくれても構わないよ?」

「いいえ、大変ありがたいと思っております!」

気味が悪いのはこの着物が若い娘が着る様な柄で、
かつ上等な布を使用しており、
どうやら久秀の持ち物であるらしいことである。

深く問うまい。

は疑問を飲み込んだ。
久秀に対して強く出て、
良い結果が得られそうな想像が全くできない。

「軍神のところの忍の服でも借りようかと思ったのだが、
 さすがに卿が可哀相かと思ってね」

久秀が指差した先に、軍神と忍が座っていた。
胸元どころかへそまで見えている。
あと、体の形が分かりすぎだ。

「……確かに、あれは無理です」

「久秀、あまりいじめてやるな。
 のおかげで我らには聞こえぬ話も聞こえるのだ」

「存じております」

義輝の言葉にくくく、と久秀が笑う。
明らかに悪役はこちらである。

「さあて、では続きといこうか!」

ごう、と回転盤が回りはじめた。
祭はまだまだ始まったばかりである。
が、はもう十分味わった気分であった。