お祭り騒ぎ


「皆の者、呼びかけに応え、よく集まってくれた!」

義輝が桟敷に立ち、叫んでいる。
と久秀はその少し後ろに座っている。

(ああ……帰りたい……)

は頭を抱えたかったが、
瞬き以外の動作をすると久秀に取り返しの付かない何かを奪われる。
主に命など。

たちが居る桟敷は、
背の低い物見櫓を飾り立てたようなものである。
正面には赤と黒の二色に塗り分けられた円形の広間があり、
その周囲に桟敷が点々と並んでいる。

桟敷の、櫓の足元は人が取り囲んでいた。
その人々を必要以上に近付かせぬためなのか、
長い棒きれを持った屈強な兵士が睨みを利かせている。
櫓の真下は広間と同じく赤と黒に塗り分けられた大きな板を掲げ、
にこやかな女性が数人立っている。
自分の桟敷の下にも居るのかと思うと、多少居心地が悪い。

では桟敷の上にはどうやって上がったのかというと、
この桟敷よりも更に外側に廊下が張り巡らされており、
そこから橋がかけられている。
廊下とはいえこちらも背の高い櫓をつらねたようあものであり、
たちが通った廊下の下で広間を眺める人の姿もちらほら見えた。

「今宵限りの祭である!
 皆、存分に楽しんでくれ。
 詳しい説明は既に書簡で届けさせてあるが、
 今一度今日の司会であるに説明させよう」

義輝が振り返った。
ここで逃げることはほぼ不可能である。
はえいやっと立ち上がって義輝の隣に進み出た。

「本日司会を務めますと申します。
 至らぬところもあると思いますが、何卒ご容赦を。
 では、説明に入らせていただきます」

久秀が書いた台詞をなぞるだけの簡単なお仕事である。

・るーれっとの出す数字と同じ数字に賭けていたら勝ち
・倍率は送付した表か各所に掲示してあるものを参照のこと
・負けの場合は親の総取り

「桟敷席の方は特別なお客様となりますので、
 次の規則が適用されます」

・開始額は皆同じ
・定期的に金額の上位者発表
・どこに賭けるかは各桟敷に配置している係まで
・休憩室を用意している
・合間の余興で良き働きをしたものには特別な褒賞を渡す

「桟敷席以外の方は、桟敷席真下の係の者にお申し付けください。
 小額からお受付いたします」

そこで座りたかったが、まだ続きがある。

「――…尚、途中司会が各桟敷に伺います。
 どうぞよしなに」

「では皆、存分に楽しんでいってくれ!」

義輝はそういって、拍手に片手を挙げてこたえた。
それだけでさっさと席についたので、
も自分の席についた。

「さて、余も賭けに興じるぞ!」

義輝は楽しそうに手すりの近くに移動した。
その背中は頼もしくもあるが、理解不能なための恐怖もある。
ごう、と大きな音がして回転盤が回り始めた。
そこを大きな白い玉が転がり始める。

「……私はゆっくりさせてもらうよ。
 準備に追われて息つく暇もなかったからね」

久秀が手を打つと、
先に準備させていたのか一人分の膳が運ばれてきた。
杯を手にして、じ、とを見る。
酌をしろということだと気づくのに少しかかり、
はもたもたと銚子を取った。

「さて……卿はこれから桟敷を回ってもらうのだが、
 今のような失態だけは見せないでくれたまえ。
 私が恥をかく」

「はあ……」

気が重いことこの上ない。

「あと、若い男としけ込むのは終わってからにしてもらいたい。
 止めはせんから、好きに見繕うと良い」

「どういう人間だと思われているのかよく分かるお言葉ですね」

口調がとげとげしくなった。
この一ヶ月は口上と招待客の情報を久秀から叩き込まれた。
おかげで名前と経歴くらいは殆ど頭に入っている。
失礼な言動の無いようにという名目である。
おかげで余計に気が重い。






あの、良いですか?
あ、大丈夫ですね。
司会のです。
質疑応答の筆記は風魔小太郎さんです、よろしくお願いします。
字、速いのにお上手ですよね。

さて、最初に伺うのは織田陣営の桟敷です。
本日は織田信長様のほか、随伴で明智光秀様、
柴田勝家様がお見えになられました。

本日の質疑応答は定まった質問とは別に、
松永久秀様の企画によるとっておきの質問というものがございます。
陰謀の気配……あ、風魔様、今のは消しておいてくださいね。
風雅を解する松永様選りすぐりの質問ということで、
私緊張で帳面を持つ手に汗が滲んで今にも取り落としそうです。

○ ○ ○

おや、最初にこちらに来てくださったのですね。
恐縮です。

お初にお目にかかります。
と申します。
よろしくお願いします。

明智です。
こちらは柴田勝家。

柴田です。

公は……説明の必要はありませんね。

……。

……本日はお越しくださいましてありがとうございます。
上様からいくつか質問を預かっておりますので、
どうぞご意見をお聞かせください。

Q1:本日お越しいただいた一番の目的は?

A1:評判の茶器が景品の一つとして出ると耳にしまして、
   それを目当てに。
   この場に居れば誰が何を手にしたかも分かりますし。

Q2:楽しんでいただけていますか?

A2:それなりに。
   膳も手の込んだものですし、
   賭け事というのは面白いものですしね。

Q3:本日の目標は?

A3:茶器の入手ですかね。
   金については困っておりませんので。
   負けぬ程度にしたいところですが、
   この点については公の判断に従います。

Q4:この祭に一つ手を加えるなら、どのような部分ですか?

A4:そうですねえ……。
   これは私の個人的な感想ですが、
   あの白い玉を黒田君にするのが面白いのではないですかね。

   ふん(魔王笑う)

……ありがとうございます。
では最後に、松永から託された質問です。

Q5:行方不明の細君と小姓は案外と近くに居ると思うが、
   心当たりはないか?

A5:……。

えー…と。

A5:ありませんねえ。
   手を尽くしているのですが、さっぱり。

   久秀めがくだらぬことをほざいておるわ(魔王舌打ち)

大変失礼をいたしました。
どうにも人の感情を逆撫でする人で。

かまいません。
今日は主催者たる公方様から無礼講と聞いておりますし、
ならば我らもそれに従いましょう。
命拾いなさいましたね。

……そのようです。
ありがとうございました。

○ ○ ○

魔王陣営は祭の熱気など何のその、
震えるような冷たい空気につつまれておりました。
昔は傾奇者として名を馳せた魔王様本人の賭け事の才能は、
はたしていかばかりか!?

……こんなのでよろしいのでしょうか。
どうして桟敷に移った瞬間にお姿が見えなくなるのですか。
大変心細うございました。
それに筆記も……あれ、完璧ですね。

うーん……。
松永様はきっと一人にするようにお命じになったのだと思いますが、
できれば傍にいらしていただけると助かります。

って、あれ、これも筆記されてるんですか。
あわわ、今の無かったことにしてくださいね。