お祭り騒ぎ
は不運である。
大事なことなので繰り返すが、不運なのである。
たとえば、神社で引くおみくじ。
あれで
が見たことがあるのは三種類である。
末吉・凶・大凶である。
たいていよろしくないお告げが記載されている。
別の例をあげるならば、富くじ。
あれで小額でも当たった例は一度も無い。
そんな
は今、紙の山を前に生唾を飲み込んだ。
「早く~」と同僚が詰る。
それもそのはずで、
このくじが決めるのは将軍足利義輝の場に行く係である。
それも「誰でも良いから一人」と言われたらしいので、
悪ノリした仲間たちはくじを作成した。
「当たりは一つなんだからさ、引かないって!」
一人が
の肩を叩く。
彼女は知らないのだ。
のくじ運の悪さを。
震える手を伸ばし、紙の山の中から一枚を掴んだ。
折りたたまれたその紙を恐る恐る開く。
「……どう?」
「丸が描いてあるんだけど」
が答えると、同僚は飛び跳ねた。
「大当たり~!」
何が大当たりか。
「○」ではなく、「死」と書かれていた気分である。
「じゃ、
、よろしくね!」
仲間たちが笑みを浮かべて
を励ましてくれる。
どうせまた義輝の悪い癖が出ているのだろうと、
そんな軽い気持ちで言っているのだ。
義輝の悪癖とは、賭博を好むことである。
誰が部屋に来るかで賭けをしているのだろう。
今日の客人は松永久秀である。
あの人を食ったような客は、そういう遊びに寛容である。
「はいはい、分かりましたよう」
は口をへの字にしてくじを握り締めた。
腹が立ったので残りのくじを開いてみたが、
大ハズレを己の手で掴んだことを確認しただけだった。
しぶしぶ義輝の居室に向かう。
今日は茶室ではなく中庭に面した部屋に居るらしい。
天気もよく、季節がら日のあたる場所でのんびり休むのに丁度良い。
何が楽しくてこんな気乗りしないことをせにゃならんのか。
ため息をつきながら、廊下の角を曲がる。
「なんだ。
元気が無いな」
突然降って来た声に顔を上げると、
そこには将軍足利義輝その人が立っていた。
「上様!?」
「随分遅いから急かそうと思ってな。
手間が省けた。
さあさあ、入りなさい」
義輝はいつもの笑みを浮かべて部屋の中へ戻っていった。
どうやら良い季節なので障子を開け放していたらしく、
座っていた久秀はにやにやと笑っていた。
義輝はまっすぐに上座に腰を下ろした。
は慌てて廊下で正座する。
「何をしている。
久秀の隣が空いているだろう」
確かに、そこには微妙な空間があるが。
「遠慮している場面ではないよ。
将軍直々の命令に卿は逆らうというのかね?」
畳み掛けるように久秀が言う。
“逆らう”という単語に怯え、
は「はい」と返事をして言われた座に着いた。
「さて。
詳しい話は後で久秀の方から聞いてもらいたいのだが、
来月から祭りを開く予定なのだ。
ええと、名は?」
義輝の強すぎる視線が
を刺す。
「
と申します」
「
にはその祭りの際に桟敷に同席してもらいたい」
「……あの、どういう意味でございましょうか?」
が問うと、義輝は「そのままの意味だ」と答えた。
基本的には会話ができるような立場ではないが、
なんとなく非公式な場であると踏んだ上での発言である。
どうやら予想は当たったらしく、
義輝本人も、久秀も
を咎めるような雰囲気は無い。
「祭り見物に桟敷を用意したのだが、
いかんせんいつもの顔ぶれでは新鮮味に欠けてね。
そこで今回の呼び出しで現れた者に同席を命じることにしたのだ」
「喜べ。
桟敷は祭りを一番楽しめる場所に設えさせた。
堅苦しいことは言わんから、そなたも楽しむと良い」
何が楽しめるというのだろうか。
将軍と同席して楽しめるくらいの神経の持ち主は、
久秀以外に存在しないだろう。
「酒肴は私が用意させるから期待してくれたまえ。
卿が一生働いても口にできぬようなものをお出しするよ」
断りたい。
断固拒否したい。
何とか、お願いだから、どうにか、見逃してもらえないだろうか。
「どうした」
義輝の口調は決して威圧的なものではない。
どちらかといわずとも柔らかい。
具合でも悪いのか、と尋ねるときの口調に似ている。
「卿は将軍に口答えするだけの力があるのかね?」
久秀の口調は威圧的である。
脅しと嫌味が半分ずつくらいである。
「……謹んでお引き受け致します」
はがば、とひれ伏した。
圧力に屈した。
「それは良かった!
これで準備は一通り終わったかな?」
「はい。
楽しみでございますな」
二人してあはは、と笑ったが、
は笑う気にはなれなかった。
「卿には色々とお願いしたいこともあるから、
来月まで本来の仕事は休んで良いよ」
「しかし」
「良いのだ。
私が許可する」
義輝が名前のとおり、輝くような笑顔で言った。
こうして、
は義輝が企画したお祭り実行委員会に入った。
会長は義輝。
副会長・会計・その他は久秀。
は平会員である。
明らかに役割分担に差があるが、
上様のお言葉なのでそうなっている。
(生きて帰れるんだろうか……)
は突然振って湧いた不安に心底恐怖した。
戻
→