愉快な武田軍ライフ


皆帰って来た躑躅ヶ崎館は、やっぱり許容量をオーバーしていた。

「お館様!
 殿!
 見ていてくだされ!」

元気200%の幸村に、

「貴様!
 お姉さまに近付くな!」

隠れる気のないかすが、

「Ha!
 貴様がの幸せを邪魔してるんだぜ、you see?」

残念ながら無傷で帰ってきた政宗。

「春だねえ…」

ずっと居座っている慶次。

帰ってきていないのは前田との協定を結んでいる軍神様と、
戦の後処理をしている小十郎だけである。
お館様は一人で詰め将棋をされている。
こんなにずっと将棋ばかりしているのに、
体力が衰えないのが不思議でならない。

あと、後処理を部下に任せっぱなしの政宗も不思議でならない。

大丈夫なのか、伊達軍。
溜息をつくの手元には一枚の手紙があった。
一枚の上質な紙を、可愛らしい鶴の形に折ってあった。
今は開かれて、の膝の上で折り目だらけの状態である。



『長期休暇頂いちゃいました!
 俺の代わりに旦那の世話よろしく。

              猿飛佐助☆』



佐助の手紙である。

彼はこのタイミングで本当に休暇をとったようで、
ここ数日気配も声も姿も無い。

「どうしようかなあ…」

慶次の隣に座ってぼんやりしていたは、思わず頭をかかえた。
はっきりいって無理である。
大切なことなので、もう一度言う。
無理である。

そもそも佐助が何をしてたのか知らないが、
に幸村の手合せの相手なんか無理である。
かすががきっちり防衛してくれるのだから。
もしそれを振り切って達成されたとしても、
今度は政宗の相手をしてやらねばならなくなる。

二人セットとか、絶対無理。

「どうしたのちゃん。
 もしかして、ついにどっちかに決めるの?」

こいつの頭にはお花が咲いているのか。
だったら羽をむしりとって、そこらへんの花を突き刺してやる。
そんな物騒な考えが頭を過ぎったが、
幸村や政宗と互角に渡り合うやからである。
そんな暴挙には出られない。

「違います」

武器を持ち出していたかすがと政宗は、
ついにかすがの踵落としで決着がついた。
勝者、かすが。

「貴様のような不埒な輩にお姉さまを私はしない!」

きめ台詞をはいて、
かすがはの隣に座った。
反対には慶次。
なんだか別の人で前にこんな並びで座って大変な目にあった。

「あ、かすがちゃん。
 これこの辺りで有名なお店で買ってきた大福。
 謙信のオススメ」

箱ごと慶次がかすがに大福を勧める。

「もらっておく」

軍神様の名前を聞いて、かすがのきらきらが復活した。
前とは大違いで平和なものである。

も大福にかじりついて、
上品な餡の甘さにほう、と溜息をついた。
周りの餅の部分もしっとり柔らかく、
素晴らしいできばえである。
軍神様のオススメスイーツにハズレ無し。

ちゃんさあ、誰か好きな人とかいるの?
 二人の男を悩ませるなんて、罪作りなんだから」

やはり大福を頬張る慶次がそんな爆弾を投げ込んできた。

「い、いえ、別に…。
 かすがさんは謙信様のこと大好きだよね」

「そんな!
 謙信様は最高の主ですから、
 お役に立てるようにとお仕えしているだけにございます」

どうやら、爆弾の無効化には成功したようである。
危ない、危ない。

「かすがちゃんが謙信の事好きなのは判ってるけどさあ…
 今日はちゃんの話が聞きたいなー」

しつこいぞ貴様!
こいつの頭にはお花が咲いているのか。
だったら羽をむしりとって(以下略)!

「私は自分のことで手一杯ですので、
 そのようなこと考えたこともございませんでした」

「またまたー。
 本当は真田の若旦那と将来誓い合ってたりするんじゃないの?」

今なら、へそで茶が沸かせる気がする。

「違います」

「じゃあ、独眼流と?」

「違います」

「うーん、じゃあ竜の右目の旦那?」

「違います」

「あ、判った!
 職業忍でしょ?」

「お姉さまは謙信様も認めたお方。
 そんな下衆の勘繰りはやめろ」

かすがが慶次を睨んだ。

ちゃんだって年頃の女の子だし、
 恋の一つや二つしたって普通でしょ。
 あ、もしかして人に言えない相手とか?」

「だから貴様、その下衆の……!」

かすがが突然、北の空を見上げた。
つられて慶次とも空を見上げる。

「お姉さま、申し訳ありません。
 謙信様がお呼びですので、暫し失礼いたします」

どうやって知った。

慶次の心の声もハモったように思う。
かすがはの前で謙信にするように片膝をついて、頭を垂れた。
そうして、すぐに姿が消えた。
後には白い羽が数枚舞うだけである。

それにしても、かすがには謙信レーダーでも入っているのだろうか。
テレパス的な能力なのか。
ただ地獄耳だけなのか。
どれだったとしても、ちょっとには理解できそうにない。

「で、どうなの。
 謙信とか?
 かすがちゃんに遠慮してるとか?」

かすがが居なくなったことをこれ幸いと、
慶次が突っ込んだ質問を繰り出した。

「違います」

「じゃあさ、
 最近見ないけど俺が来たときに一緒にいた軍師さんとか?」

哀れ山本勘介はまだ復帰していない。
どうしたのだろう。
佐助に本当にやられてしまったのだろうか。

「……って訳でもなさそうだし。
 ということは……!」

慶次がおどろた顔であんぐりと口を開けた。

「ほんと、私は……」

「武田のおっさんだったなんて……!」







違 う !







は全力で叫んだ。
あまりに大きな声だったようで、
幸村が驚いて手を止めてしまった。

「そりゃ……茨の道だもんな。
 ごめん、俺も気がつかなくって」

「違うって…げほごほうえっ」

がんがん慶次に背中を殴られた。
本人の顔色的には軽くぽん、という感じでも、
小さい子どもが全力で体当たりしてきたような衝撃である。
ついはむせた。

「まあ、大福たべなよ。
 つらい恋ってのも、わからないでもないからさ」

慶次はむせているには構わず、
大福を勧めてくれる。
ひと段落するまで食べられるわけが無い。

違う、誤解だ。
別に渋好みでもないし、
そもそも懸賞金ほしさにここに来ただけだし、
そんな下心は全く無い!

現実を知ってむしろ が っ か り し た !

知将武田信玄に、その期待を一身に受ける真田幸村。
信玄のライバルにして軍神の二つ名を取る上杉謙信。
奥州の独眼竜伊達政宗。
雲上人だった頃にはどんな凄い人だと思ってましたとも。

確かに年頃の女の子で集まったときには、
「ギャップが堪らないのよね」とか、
「まっすぐな感じが素敵」とか、
「冷静なところがいいの」とか、
ガールズトークに花を咲かせてたりしましたよ?

真っ直ぐでも冷静でも、それは見た目だけのことで、
こんなギャップなんて全くいりません。

と、心のなかで説明を組み立てる。
下を向いて、呼吸を整える。
むせすぎて涙が出てきた。
息もちょっと苦しい。
背中が痛い。






に何をした!!!!」






すぱ、と何かが切れる音と、
「うわ!?」と慶次の悲鳴が聞こえたのはほぼ同時だった。
顔を上げると、
さっきまで慶次が座っていた場所には三本の切り傷。


 そこを動くんじゃねぇぞ?
 お前を泣かせる奴は俺が潰してやるぜぇっ!」

勇ましい掛け声とともに政宗が慶次に突進していく。
慶次は置いてあった刀をとって応戦する。
破壊されていく縁側。
幸村は羨ましそうに二人を見ている。

そこでは佐助の手紙を思い出した。
もしかして幸村だけでなく、
武田家の財政に仇なす不埒者全て相手にしろと言われるのではないか、と。




『勿論でしょ。
 だって、俺が手紙まで書いて頼んだし』




なぜか、妙にリアルな幻聴が聞こえた。
再び現実に目を戻すと、
破壊された縁側はもう修復が難しそうである。
庭先で殴りあう政宗と慶次は、こちらの不安には全く気づかない様子だ。
幸村は羨ましそうに二人を見ている。
この大騒ぎでもお館様は出てくる様子が無い。

戻ってきた佐助の怖ろしい形相を想像して、
胃がきりきり痛み始めた哀れな農民に救いの手を。