愉快な武田軍ライフ
はげんなりしながら朝食を頂いていた。
軍神様が塩の交易を保護してくれているおかげで、
躑躅ヶ崎館のご飯は安泰である。
丁度良い漬け具合の沢庵を頂きながら、
は溜息をついた。
そういえば、そろそろ佐助とかすがが帰ってくる頃だ。
彼等の不在のおかげで何が変わったかは全く不明だが、
ともかく帰ってくるらしい。
「
殿!!
今日も良い天気でござる!」
すぱん、と良い音がして襖が全開になった。
ああ、犬が居るよ。
眩しいくらいキラキラしてる――…って、
汗かよ!!
は慌てて膳ごと飛び退った。
我ながら座っているのにこの反応が出来るようになったなんて、
本当に涙ぐましい限りである。
「そ、それは良うございました。」
「某、次こそ
殿と一手も交えず負けるなどという失態は犯しませぬ!
ですから、何卒…何卒手合せを!」
あの、そう詰め寄られると汗がご飯に…。
はひきつった笑みを浮かべながら、
後ろに少しずつ移動した。
「旦那の相手してくれるよね、
さん。」
久々に聞いた声に、
前しか見たくないと主張する首を無理矢理捻って振り返ると、
そこには素敵な笑顔の佐助が座っていた。
手をひらひら振って、「久しぶり」なんてのたまっている。
黄泉平坂を走って逃げたイザナギだが、
今なら彼より早く、彼より切実な気持ちで逃げられる気がする。
「さささささ、佐助さん…もうお帰りに…」
「おお、佐助!
佐助からも
殿に言ってくれ!
今日は絶好の手合せ日和なのだ!」
手合せ日和って何ですか?
「ほら、旦那も必死なんだよ。
お願いできないかな?」
口では「お願いできないかな?」なんていっているが、
その目が「相手しないと殺すぞ★」と声高に主張してくれている。
お疲れなのか、その威圧は三割り増しだと思う。
政宗や幸村なら、なんとなくまだ誤魔化せるような気がするが、
彼の目は誤魔化せないだろうと思う。
いくらお館様のもさもさに隠れても。
思い出すとちょっと泣けてきた。
「え、いや、そのー…」
えーっと、と視線を逸らす。
「善は急げってね。
じゃ、道場へご案なーい。」
そうですね、私の意見なんて聞く訳ないですよね。
佐助の手が、死刑宣告のように
の肩にぽんっと置かれた。
どうでも良いが、彼は働きすぎだと思う。
長期出張の後くらい、休暇を取ればいいのに。
目の前が一瞬暗転して、
は膳を持ったまま道場に移動していた。
この技を是非とも教えていただきたい。(切実)
幸村がどたどたと遠くから走ってくる足音が聞こえる。
佐助は主を置いて
だけ運んできたことになる。
それで良いのか猿飛佐助。
道場には既に先客(お館様と軍神様)がおり、
突然現れた
と佐助に少々驚かれた様子だった。
「佐助に
よ、如何した。」
「あ、いやー…」
佐助が話し出そうとした丁度その時、幸村が全力で襖を開けた。
彼らしい元気一杯の登場の仕方だと思うが、
毎度全力であけられる襖の身になってあげてほしい。
更にその後ろには政宗と小十郎がついてきている。
三人とも全力で走ってきたようで、肩で息をしている。
「
殿、手合せでござるぁああ!!」
例の如く、彼は戦場で使う燃え盛る朱雀を持っている。
道場全体が彼の情熱のような炎で包まれるのも時間の問題だと思われる。
「そーゆーことなんですよ、大将。
ちょっとばかしお邪魔しまー…へぶぅっ!?」
「お姉様の肩に馴れ馴れしく手を置くな!」
何処に潜んでいたのか、
かすがが現れて佐助に飛び膝蹴りを食らわせた。
最近ずっと見ていなかったが、
久々に見るとより一層容赦が無い攻撃に見える。
どうやら二人での出張は危険が一杯だったようだ。
「お姉様のお手を煩わせる者には容赦しない!」
いつもよりかすがが輝いて見える。
これは軍神様が近くにいるからという理由だけではないだろう。
ありがとう、これで私の朝食も安泰だ!
「ぬ、ではかすが殿からお相手願う!」
幸村はかすがに向かって突進し始めた。
はかすがの後ろに居る。
この位置は、確実にまずい。
は慌てつつ、
佐助が夜の闇より暗い負のオーラを出している方とは反対の方へ、
膳を持ったまま移動した。
判断が一瞬でも遅ければ、
幸村の武器のせいで
のご飯が消炭になっていただろう。
「つるぎよ、かせいします!」
軍神様がつばぜり合いをするかすがと幸村に突進する。
その気配を察知したらしく、
幸村は戦場にいるときのような真面目な顔になった。
「佐助!
助太刀を頼む!」
「――…はいはい。」
やれやれ、といった様子で佐助は乱戦状態の三人の中に混ざっていった。
遠目に見ると皆でじゃれあっているように見える。
お館様は「うむ。」とかいいながら頷いている。
しかし、
何に頷いているのか全く判らない。
「このpartyの勝者が
を貰えるって訳か…。
楽しくなってきやがった!」
「Let's show time!」とか言いながら、
政宗は乱戦の中に消えていった。
彼だけ激しく何か勘違いしている。
しかし、あれだけの混戦で無傷で居られる訳がない。
彼一人ならば何とか誤魔化せる気がする。
浅ましい笑いを浮かべながら
がご飯を咀嚼していると、
目尻に涙を浮かべた小十郎が近づいてきた。
「ど、どうしたんですか?」
“や”の付く自由業のような風体なのに涙を浮かべているなんて、
その意外すぎる取り合わせに少し驚いた。
最近、驚くべきところで全く驚けなくなっているな、
と
は心の中でちょっと泣きそうになった。
「いえ、政宗様にお友達が増えたようで、
この小十郎、つい感極まってしまいました。」
くっ、と何かを堪えて、小十郎は目尻の涙を拭った。
「しかし…いくらご友人とは言え、
政宗様に刃を向ける輩を放ってはおけませぬ。
ご安心召されよ、政宗様の背中はこの小十郎がお守りする!
殿はそこで安んじてお待ちください。」
小十郎はそれだけ言って刀を構え、
何かもうよく判らない塊に向かって走っていった。
大 混 乱 ★
誰も
の意見なんて聞いちゃくれない。
というか、誰も他人の言葉を聞く耳を持っていない。
ちょっと寂しくなりながらも、
どうすることもできない(関わりたくない)ので、
はとりあえず味噌汁をすすった。
「ああ、旅に出たい…」
暫く、一人で。
こんな喧騒から解き放たれた生活がしたい。
妙に美味しい沢庵を齧りながら、
はつい平和な農民の暮らしを想い描いていた。
そして、よくこの建物が崩壊しないなぁ、と他人事のように思った。
幸村もお館様も燃え盛る武器を持っているが、
屋敷が火に包まれるどころか焦げ後一つない。
誰かが素晴らしい早さで木材を入れ替えているか、
この屋敷全体が驚くべき耐火材で出来ているかのどちらかだろう。
――……そういえば、お前等国の統治は誰がしているんだ。
三人の領主が一箇所に固まって、
しかも毎日手合せしてるという状況自体が可笑しい。
あまりに強引に流されていたので、突っ込むことすら忘れていた。
自分も随分、このおかしな空気に染まってしまったようだ。
よよ、と
は涙した。
どうしようもない流れに飲み込まれた農民に愛の手を。
…と締めくくりたいところだが、
の願いの一部はすぐに叶うことになる。
彼女の悲愴な呟きを聞いたお館様は、
ふむ、と一人お心にある事をお決めになった。
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