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愉快な武田軍ライフ


「塩の礼状を春日山まで持って行ってもらいたい。」

お館様は全身から威厳をびしばし撒き散らしながら、そう言った。
「もらいたい」という語尾で締めくくられているが、
勿論反論する権利なんて無いですよね、お館様。
あまりの嬉さに血反吐が出そうです。

「あの、判らないことずくめなのですが…」

まず、春日山への道がわからない。
二つ目に、武士の作法がわからない。
三つ目に、何故瓊佳が選ばれたのかわからない。
四つ目に、旅の仕方が判らない。

農民になんてこと頼んでるんですか、あんた。
よよ、と瓊佳は心の中で泪した。

「一人旅になるが、案ずるでない。
 ここから春日山までの道は安全が確保されておるからの。
 佐助!」

「はいよっと。
 俺って下働きじゃないんですから、
 こういう仕事はあんまり任せないでくださいよ。」

「まぁ、許せ。」

 給料はずんでくださいよ。

 なら、働け。

そういう会話に見えたと主張しておきたいところである。
瓊佳の心のうちなど全く察する気配も無く、
佐助は手にしていた紙と、荷物を瓊佳の目の前においた。

「これ、春日山への地図と旅に必要な物一式!
 中に入ってる物の詳細も付けておいたから、
 確認してから出発しろよ。
 あと、部屋には旅装も用意しといたから。」

 俺が行きたいんだよ。

そう言っているように聞こえた。
が、波風たてないように瓊佳は平伏した。
ここで断っても、お館様が決めたことは絶対である。
板ばさみの空気に長時間晒されていたくない。
最近、空気を読む力と流す力が急成長している気がする。

「拝命、仕りました。」

重々しく言うと、お館様は「うむ」と頷かれ、
佐助は「いってらっしゃーい」と、
素敵に毒々しいで見送ってくれた。





このまま、逃げてしまいたい。
旋花の(佐助から離れるにつれ)生き生きしていく後ろ頭を見ながら、
何度そう思ったことか。

しかし、一応かすがにお礼を言わねばならないし、
武田領内の民全ての命を繋いだ軍神様宛に、
お館様がしたためたありがたいお手紙が背負子に入っている。
常人並の人情を持つ瓊佳は一応恩義を感じていたので、
ここで逃げるのは流石にためらわれた。

幾日か馬に揺られて進んだ。
地図が示す通りであれば、
武田領の境を越えたあたりに差し掛かった頃であった。
目の前に一軒の茶屋が見えてきた。
もう、地図に示された城まではほんの僅かの距離しかない。

瓊佳はほっとして、その茶屋で休憩することに決めた。
今日はこのまま山を下り、町の宿場で一泊し、
そして城へ書状を届けてお仕事は終わりである。

今回は本当に、普通に済みそうだ。
とちょっと幸せな気分になった。
神様仏様――に縋っても良いことなんて、無い。
それはもう実証済みである。
旅、万歳!

馬を近くの木につなぎ、茶屋に入った。
お茶とお茶請けを頼んで、店先の椅子に背負子を背負ったまま座った。
旋花はのんきに道端の草を食んでいる。

今日は本当に平和だ、
と他人事のように思いながらお茶をすすっていると、
ガラの悪い男達が旋花に近づき、鬣を撫で始めた。
誰だろう、と思いながら、瓊佳は様子を見ていた。
こういう手合いに関わると、ろくな事にならない。

というか、こういうときに関わった人でろくな人が居ない。

出来るだけ関りあいになりたくないので見ていると、
男は旋花を繋いでいた手綱を解いた。

「う、馬泥棒ーっ!!!!!」

瓊佳は叫んだ。
それ、佐助の馬ですから!


盗まれたら後が怖ろしすぎますから!!


瓊佳は弾かれたように立ち上がり、
手にしていた団子の竹串(団子一つが残っている)を思い切り投げた。
その串は見事な直線を描きながら、
旋花の手綱を握っていた男の手に刺さった。

「え、嘘だろっ!?
 痛ってぇ!!」

だんごが錘になったのだろうか…?
こっちだって嘘だと思いたい。
やたら運の悪い男を、旋花が蹴る。
後ろ足の蹄が見事に顎に当たり、男はその場に倒れた。

竹串効果はそれだけにとどまらず、
周りの人間の動揺もさそったらしい。
わたわた慌てる人の群れを悠々と飛び越えて、
旋花は瓊佳の所へ帰ってきた。

そうか、そうだよね。
あの佐助に鍛えられたんだもん、
あんな人たちくらい怖くないよね!

そうこうしている間に男達は逃げ出そうともせず、
反対に似たような格好の人間が増えてきた。
木刀やら鉄の棒、釘が刺さったバットを持った、
マスクをしたり、眉毛が無かったり、変な髪形の人が大勢…。

振り返ると、店員は店の奥に隠れてしまって姿が見えない。


もしかしなくても危ないですよね、コレ。


瓊佳は慌てて旋花に乗った。
とりあえず、武田領に戻れば大丈夫なはずである。

「Hey girl.
 ちょっと待ちな。」

なんだかヤバそうな声が聞こえたが、
呼ばれたのは他人だと自分に言い聞かせ、
旋花に軽く鞭を入れた。

「待てって、言ってんだろ?」

声の主が素早く瓊佳の前に馬を進め、行く手を阻んだ。
その乗り方が普通よりはやや後ろに体重をかけているものの、
武田軍に入ったばかりの頃に受けた衝撃よりも軽かったので、
瓊佳の動揺もそれほどではなかった。

「え、私ですか?」

とぼけてみる。
とぼけてみて何とかなった試しはないが、
この場で他にどうして良いのかわからない。

「ここに女はお前しかいねぇだろ。You see?」


変 な 人 に 絡 ま れ た !


瓊佳はとりあえず、旋花の鬣に触れた。
旋花も男の奇妙な雰囲気を察したのか、
怯えて震えている(心許無い)。

「え、あの…」

「あんたが良い馬に乗ってるから、
 俺ん所の部下がちょっと手ぇ出しちまったみてぇだ。
 悪いな。」

片目しかない目がきらり、と光った。
何か検分するようにこちらを見ている。
もしかしたらこの男、中々切れ者で、
武田の使者だと察してくれたのかもしれない。





「で、この伊達政宗の領地に何の用だ。」



……そんな気がしてました。



瓊佳はがっくりとうなだれた。
ああ、察してくれちゃった。
別にきちんと字が読めるわけではないけど、
なんか、上杉の領地っぽい名前じゃないな、とは思ってたんです。

風の噂で、隻眼の伊達男は外国語を喋るとも聞いてたんです。
でも、信じたくないですよね?
軍神とばったり出くわしたんだから、
伊達男とはばったり出くわさないと信じたい。

というか、信じます。

「この俺が武田の領地までescortしてやろうか?」

おそらく伊達政宗は馬を寄せ、
瓊佳の手をとってその甲に口付けた。

ぞわぞわ、と背筋に悪寒が走った。

「き…」

「き?」

伊達政宗らしき男は聞き返した。


「気色悪いわっ!!!」


それはごく自然に、反射的に、
瓊佳は右ストレートを男の顔面に放っていた。

ごっ

幸村で磨き上げられた拳が見切られるはずもなく、
男の顔面に綺麗に決まり、男の身体がぐらりと後ろに傾いた。
その勢いに乗ったのか、旋花はもと来た道を全力で走り始めた。

ナイス、旋花!
流石空気を読む馬!
瓊佳はあらん限りの賛辞を送りたい気分になった。

「政宗様!!」

(仲間に遮られて、やっと今辿りついた着いた)小十郎が、
そう叫びながら政宗の身体を支えた。

「…おい小十郎…。」

政宗は自力で起き上がる気はないらしく、
小十郎はとりあえず支えたまま「どうされましたか」と返事した。

「ああいう、はねっかえりは嫌いじゃねぇ…。」

「は?」

「OK, guys...次は甲斐の虎を攻めるぜ!!」

何を言うんだこの人は。

「いえーーあ!」と(政宗曰く)coolな返事を返す仲間達を見て、
将来に一抹の不安を感じずにはいられなかった。

その頃、瓊佳は街道を猛スピードでかけていた。

まだ、好きな人だっていないのに!
お嫁に行けない!!

ちょっと零れてしまった涙を小指で拭いながら、
瓊佳は武田領内に全力で飛び込んだ。
前を見ると、遠くの方で佐助がひらひらと手を振って立っている。
旋花は彼の姿を見た瞬間、驚く程の勢いでスピードを落とした。

「いやー、ごめんごめん。
 俺様間違えて、伊達の旦那の城への地図渡しちゃったみたい。」


ご め ん で 済 む か !(言えない)

急速に止まったおかげで、
必死で手綱につかまって落馬を免れた瓊佳は佐助を睨んだ。
佐助はへらへら笑いながら瓊佳の手から地図をもぎ取り、
代わりの地図をねじ込んだ。

「……故意ですか。」

「違うよ。」

「信じられると思いますか?」

佐助は素敵な笑顔になった。

うん、信じてくれると思ってるよ。


ごめんなさい、格が違いました。


「いやー、俺だってちょっとは申し訳ないと思ってる訳。
 だから、道案内を連れてきたから!」

そう言って、佐助が道をあけると、
そこには佐助を冷たい目で見るかすがが立っていた。

「何処から?」

「勿論、躑躅ヶ崎館から。」

………そうですか。
深く聞き出す勇気がもてない返事だ。

瓊佳お姉様…。
 このかすが、命に代えてもお姉様を謙信様のところへお連れします!」

きらきらしてる。
凄く、眩しい。

「じゃ、俺は帰るわ。
 頑張ってねー。」

しゅん、と佐助の姿が消え、黒い羽が一枚落ちてきた。

「参りましょう、お姉様。
 謙信様がいる春日山へ!」

かすがはキラキラした視線を瓊佳から外した。
きっと、そちらに春日山があるのだろう。
瓊佳はそちらを見た。




あの、森なんですけど。




「あの、普通の道でお願いします。」

「いえ、馬も通れますし、此方が近道です。
 参りましょう、お姉様!!」

かすがは旋花の轡を引いて、森の中へ分け入り始めた。
轡を取られた旋花も、
乗っている瓊佳もかすがに完全に押し負けている。

どうやら、不幸は重なるもののようである。
デフレスパイラルのような人生を辿る農民に愛の手を。