愉快な武田軍ライフ


「な、何をしている!お前、武田軍の者だろう!?」

目の前に金髪の超絶美人な、露出度の高いお姉さんが現れた。
ドラ○エで風に言えば、

きんぱつびじん が あらわれた!

だろうか?
そんな事はどうでも良いが。
はあわあわしながら刀を取った。
正直刀で戦った事は一度も無く(いつも拳)、
どれだけ使えるのかは全く判らない。

「謙信様の為、お前にはここで消えてもらう!」

美人が走ってくる。
手にしているのは佐助が持っているくないに似ている。
よく確かめなくても、かなり親しみのある形だからわかる。

なぜこんな事態になったのか?
それは昨晩のやり取りまで遡らなければならない。


場所は川中島。
は色々諦めた空気を纏わりつかせて武田陣営でも栄誉ある、
幸村の隣に座っていた。

幸村は先ほどからしきりに拳を握り締めたり、
立ち上がりかけてやめたり、全く落ち着きがない。
彼の事だから怯えているのではなさそうだが、
隣にいるにとっては傍迷惑極まりない

明日の軍の動きの確認の最中、
幸村のそわそわが最高潮に達し(足を踏まれた)、
ついに彼は立ち上がった。

「お館様!この幸村に一番槍のお役目を!」

ご、と鈍い音がして幸村が空を飛んだ。
おめでとう。
あんたの足についていた泥が顔にかかったよ。
ぐしゃり、と彼はちょっとはなれた地面に叩きつけられた。

こんな特異な状況を見ても驚かなくなっている。
最初はお館様の拳をいつ受けるのかと戦々恐々としていたが、
どうやらあの熱い拳お受け取るのは幸村のみのようだ。

お母さん…私、ついに戦場にまで来ちゃった。

ちょっと涙が流れそうだったので、空を見上げた。
日々忍の(脱走を監視する)鋭い視線に晒され、
頭の悪い犬にじゃれ付かれ、
私はこんなに逞しく成長しました。

お 願 い だ か ら 早 く 迎 え に 来 て 。

娘がこんなに家に帰ってこないのに、
音沙汰が全くないとはどういう了見だ。
空に浮かんで見えた母の顔は、笑顔のままだった。
酷いや、お母さん。
そう思ったとき、母は野太い声で言った。

には奇襲に出てもらう」

それは勿論母の声なんかではなく、
お館様が決定事項を述べた声だった。
現実への引き戻され方としてはかなり嫌だ。

それを聞いた瞬間、幸村は悲しそうなチワワの目になった。

「お、お館様…そのお役目、ぜひともこの幸村に…!」

「馬鹿者ぉっ!!!」

再び、鈍い音。
幸村が結構遠くまで吹き飛ばされた。
よく生きて居るなぁ(他人事)。

「お主は正面から上杉軍に攻めよと先ほど申したであろうが!」

「し、しかし…」

「慢心するな、幸村!
 お主が上手く働かねば、の奇襲も成功すまい。
 お主の力量を見込んでの配置ということを努々忘れるでないぞ」

「おお…この幸村、
 そのようなご配慮にも気づくこともできず…」

「幸村!」

「お館様!」

「幸村ぁ!」

「お館様ぁ!」

「幸むるぁっ!」

「お館さむぁっ!」

は再び空を見上げた。
そこに母の顔はなく、凧に乗って手を振る佐助が居た。

確実に死ねる。
そう確信した。

時はもどって、今日である。
金髪美人が走ってくる。
忍と戦うなんて、とある人を思い出して足がすくむ。

(三十六計逃げるに如かず!)

逃げよう、と決めた。
背中を見せて逃げるのが怖ろしかったので、
後ろダッシュで逃げ出した。

「な、何だと!?」

金髪美人が眉根を寄せる。
他に方法が思いつかなかったのだから仕方が無い。
ちらちら後ろを確認しながら、後ろ向きに逃げる
追いかける金髪美人。

埒が明かないと判断したのか、
金髪美人は何かを投げつけてきた。

(ぎゃーっ!!!!)

声にならない悲鳴をあげて、は刀をむちゃくちゃに振り回した。
しかし、その刀の動きはすぐに制限された。
もう死ぬ、と思いながら持っている刀をよく見ると、
細い糸につながれた疑似餌がいくつも絡まっている。

「そんな…見破られただと…?」

細い糸は金髪美人の手に繋がっている。
とりあえず、は思い切り刀を引くと、
ぶちっと音が鳴って糸が切れた。

「馬鹿な…私の技が破られるなんて…!」

金髪美人は糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
明らかに打ちひしがれ、
このまま首でも括ってしまいそうな勢いである。
つい、既視感を感じてしまった。

(いけない、ここで情けをかけたら幸村の二の舞だ!)

可哀想だからと手を伸べたばかりに、
その後も頭の悪い犬(鳴き声は「テアワセ」)にじゃれつかれた。

「殺せ…謙信様のお役に立てない私など必要無い!」

しかし、目の前の美人はあんなワンコと同じ確率はかなり低い。
目も当てられないほど落ち込んでいる美人に、
の信念は早くもくじかれた。
最近、諦めが早くなった気がする。

「そんなに落ち込まないで下さい。
 これ、返しますから」

は刀に絡み付いている疑似餌を引きちぎって差し出した。
金髪美人はこちらを涙を溜めた目で睨んでくる。

「情けなど…っ!」

「立たないと、汚れますよ」

その高そうな、皮の服。
そもそも、そんな服で何が防げるのか疑問である。

「……!」

金髪美人はを売るんだ瞳で見上げた。

「なにをしているのです、わたくしのうつくしいつるぎ」

そう言って現れた第三者は、
音も無く金髪美人に歩み寄った。

「だいじないですか?」

「はい…謙信様…!」

急にしおらしくなった金髪美人は、
恥じらいながら謙信様の後ろに下がった。

謙信様って、敵総大将のあの上杉謙信ですか?

「つきにかかるむらくも、
 わたくしがつるぎにかわってあなたのおあいてをいたしましょう」

軍神様は全身から冷たい闘志を漲らせて構えた。
こんな人もいるんだなぁ、と他人事のように思った。
いつも炎よりも暑苦しい人間に囲まれていると、
かえって清々しく感じる。
しかし。

軍神の相手なんて、無理。

清々しさと力量なんて関係無い。
武田軍に入ったのだってちょっとした事故だし、
それに比べると幸村に二度も勝利したのは奇跡だ。
短い人生だったなぁ。
終盤、神懸り的大どんでん返しでこんな所に落とされたけど。

「謙信様…その者を殺めるのはお待ちいただけませんか?」

全身から諦めのオーラを撒き散らしていたと、
いつ抜刀してもおかしくない謙信の間に入ったのは、
先ほどの金髪美人だった。

「なぜです、つるぎ」

「その者は私の命を一度、救ってくれました。
 それに…負けた私を気遣ってくれたのです…!」

でかした、金髪美人!
は心の中で小躍りした。
人は気遣ってみるものである。

「此処はどうか、このかすがに免じてお許し下さい!」

金髪美人――かすがは軍神の前に跪いた。
軍神は間をおいて、刀から手を離した。

「よいでしょう、つるぎがそこまでいうのもはじめてのこと。
 むらくも、このしょうぶ、つるぎにめんじて」

「ありがとうございます、謙信様…!」

はほっと胸をなでおろした。
どうやら、軍神との一騎打ちは免れたようである。

殿ぉぉぉぉっ!!!」

遠くから幸村の暑苦しい声が聞こえた。
かすがはたちあがり、くるりと振り返ってを見た。

「これで恩は返した。
 次は絶対に、負けない」

少し照れた様子でそう言った。
可愛いが、どこかずれているようだ。

「つるぎもよいともをえましたね。
 しんげんこうとのいくさがよりたのしみになりました。
 さて、このままではわがぐんははさみうちになります。
 てったいです」

「はっ!」

かすがはすぐに姿を消した。
綺麗で、しかも優秀そうなのに、
どこかずれている気がするのは気のせいか?

「むらくも、またつぎのいくさで」

そう言って、軍神は颯爽と駆け去った。
その後姿は軍神の名の通り神々しいものだった。

あの、私なんですけど。

てか、群雲ってなんだよ(口には出せない)。

ようやく駆けつけた幸村の到着は、
別方向からやってきた馬(二頭)に乗ったお館様とほぼ同時だった。

謙信を追いかけようとする幸村に、お館様は闘魂を注入した。
その幸村はまるで、
まるで「なげて」と棒切れを持ってくる犬みたいだった。

「馬鹿者!
 今上杉を追ってなんとする!」

「しかし…」

、不測の事態にもよう持ちこたえた。
 褒めてつかわす」

「は、はぁ…どうも。」

「こちらも相応の被害が出ておる。
 これにて我が軍も撤退じゃ」

撤退は大賛成です。
でも。

次の戦って何ですか?

「武人の誉!」とか、「拙者にも稽古を付けてくだされ!」とか、
そんな声が聞こえる。
「お暇を下さい」なんて絶対に言い出せない空気だ。

なんか、逃げ出し難くなってきてる。
社会のしがらみに捕らわれてしまった、可哀想な農民に愛の手を。