姫若子の宝物
元親の船は既に、大阪湾に近づいていた。
大阪に近づくにつれ苛立ちが増す。
は何を考えていたのか?
あの気持ち悪い講和の書状のためか?
そんな馬鹿なことがあるか!
考えれば考えるほど苛々する。
「あ、アニキ…あれです!」
偵察に行っていた兵士が叫んだ。
元親はその大きな船を、目を細めて眺めた。
鋼鉄の装甲と大筒三台。
風力以外の動力を利用しているのか、帆は無い。
そもそも、こんな大きな船を動かすには風の力は弱すぎる。
豊臣の船はその大きな戦艦のみである。
元親の軍は二隻の船に分乗していたが、
兵力も恐らく向こうの方が上だろう。
「おい野郎共!!!」
「「「うおおおお!!!」」」
甲板に集まった仲間の顔を見渡す。
これが通常の軍ならば、あの軍艦を前にすれば士気は下がる。
しかし、彼等の顔に怯えは無い。
それが少し嬉しかった。
「今からお山の大将に、鬼の力を見せてやろうじゃねぇか!
行くぜ!!」
「「うおおおお!!!」」
「「「アニキーっ!!!!」」」
鬼の兵士に恐れなどいらない。
元親も鬨の声を上げた。
恐れなど、声と共に外へ吐き出してしまえ。
「半兵衛様っ…大砲が動きません……!」
半兵衛がその報告を聞いたのは、出港の直前だった。
よく確認をしたものだと思う。
「原因はわかっているのかい?」
「調査中ですが……前回の点検までは問題なかったようです」
の仕業だろう。
彼女ならば、それくらいの操作は訳無いはずだ。
「復旧の目処は」
「それが……」
兵士は口ごもった。
つまり、大阪港に戻らない限り復旧の目処は立たないのだろう。
「…まぁ、良い。
丁度良い練習だと思っていたんだけれど、しょうがないね」
ふぅ、と溜息をつく。
はとことん、半兵衛を嫌ってくれているようだ。
否、それほど元親が好きなのか?
「豊臣軍全兵に告ぐ!
今日は大筒は使用せず、兵力のみで戦う。
君達は間違いなく日本一の水軍だ、期待している!」
「無理をするな、半兵衛」
秀吉の声が頭上から降ってきた。
横に並んでいても、この友人の顔は首が痛くなるほど見上げなければ見えない。
「ふふ、大丈夫だよ、秀吉。
これはただの通過点でしかないんだから」
「そんな事ではない」
秀吉が語調を強めた。
彼は、半兵衛の体調の変化に気づいている。
「大丈夫だ、秀吉。
僕にはまだ夢がある。
こんな所で死ぬ訳にはいかないんだ……!」
「――…そうか。では、何も言わぬ」
「ありがとう……秀吉」
半兵衛は咳き込むのを我慢した。
まだ、まだ生きなければならない。
秀吉が心置きなく使える、最強の軍を作り上げるまでは。
は甲板の上の影になっている場所に隠れていた。
大砲を発射するために備え付けられていた火薬を拝借し、
それで簡易の爆薬を作った。
半兵衛が知らぬ訳が無いだろうと思ったが、誰も
を探す者は居ない。
彼の優しさだだろうか?
だとすれば、なんと健気なことだろう。
はその爆薬を船首に近い場所にいくつも並べた。
これが上手く爆ぜれば、
元親が普段使っている船からでも乗り込みやすくなるだろう。
「有難う、半兵衛。
ちょっとだけ好きだった」
そう呟いた。
爆薬に火をつけて、船尾に走って向かう。
できるだけ遠くまで逃げなければ。
轟音とともに、真っ赤な炎が軍艦の右側面を舐めた。
甲板を覆っていた木が燃え、黒煙がもくもくと立ち上る。
「半兵衛様!甲板で爆発が!!」
半兵衛のもとに一人の兵士が走ってくる。
「慌ててはいけないよ、落ち着きたまえ」
船首に近い甲板に立っていた半兵衛に、その炎が見えないわけではない。
やってくれる。
海面からかなり高い位置に作られた戦艦の、甲板への入り口ができた。
の仕業としか思えない。
彼女もこの戦艦に乗っているのだ。
「秀吉、君は高みの見物でもしていてくれないか?
僕が絶対に止めてみせるよ」
力いっぱい微笑んでやる。
勝算はある。
人数は圧倒的だし、兵の質だって申し分ないはずだ。
「任せた、半兵衛」
砲台を上ってゆく秀吉の背中を見送りながら、半兵衛は考えていた。
問題は士気。
おそらく、この爆発で誰もが不安をいだいているはずだ。
自分達の優位は変わらないというのに。
「大丈夫、まだ勝てる」
傍に立っていた兵士に言ってやった。
ぱぁ、と彼の顔が笑顔になる。
「そうだ、大丈夫。
僕等は絶対に負けない…!」
自分に言い聞かせるように、半兵衛は呟いた。
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