姫若子の宝物


元親の目の前で軍艦が爆ぜた。

「あすこだっ!!!」

橋が爆発で崩れた部分にかけられる。
ほかの場所に比べ、低くなっているので格段に橋がかけ易い。

槍を握る手に力が篭る。

「行くぜ、野郎共!!」

「「「うおおおおおおっ!!!」」」

元親は先頭を切って豊臣軍の軍艦に乗り込んだ。
甲板は既に大量の敵兵で溢れかえっていたが、
それでもまだスペースに余裕がある。

こんなの造ったら破産しちまう!

元親は笑った。
それが不気味だったのか、敵兵が突っ込んでくる速度が落ちる。

「野郎共、鬼の名前を呼んでみろ!!!」

叫ぶ。

「「「モ・ト・チ・カ!!!!」」」

叫び声が返ってくる。

「そうだ、鬼が島の鬼ってぇのは俺のことよ。
 死にてぇ奴だけ前に出ろぃ!!」

そう叫んで槍を振り回した。
敵が多すぎて、適当にぶんまわしても敵に当たるのだからおかしい。

元親は一歩でも前に進む為に槍を振り回した。
事情を知っている、落ち着いている人間に早く出会わなければ。
そいつに事情を問いただしてやらなければならない。

その頃は、元親のと反対側の甲板を船首に向かって走っていた。
の姿を見た兵士達は一瞬ぎょっとするが、誰も口出ししない。
それほど怖ろしい顔をしていただろうか?

階段を駆け上がり、船首の甲板に出た。
顔面蒼白の半兵衛がこちらを見て、微笑んだ。

「やはり、君だったか」

「ああ、悪いね」

は肩で息をする。
鈍りきったからだが呪わしい。

「予想してたけれど、これほどとはね。
 甘く見ていたよ」

より一層青白い顔。
白いというより、土気色だ。

「半兵衛、お前……」

「それから先は言ってはいけないよ」

半兵衛の目は怒っていたので、はそれ以上続けられなかった。
彼はに歩み寄り、手を取った。
彼の手は驚く程小さく、薄い。

「もうすぐ此処に元親君が来る」





馬鹿がつくほどでかい船だ!
元親はそう吐き捨ててやりたい気分になった。
一度船尾に回って船首に行くのにどれだけ時間がかかっていることか。
迂回しなければいけない構造になっているのも腹が立つ。

鉄砲隊や大男達をなぎ払い、階段を駆け上った。
その船首の甲板には半兵衛がの手を取っていた。
一気に頭に血が上る。

っ!!!!」

半兵衛はにやりと笑い、に口付けた。

糞野郎!
元親は走った。
半兵衛は崩れ落ちるようにその場で片膝をつき、激しく咳き込んだ。
口を押さえる手から溢れるほど、血を吐いた。

「――…ああ、元親君…つまらないところを見せたね」

半兵衛はそう言って、口を拭いながら立ち上がった。
顔色は青白く、あきらかに病人のそれである。

「お前……」

「さぁ、始めようか。
 待つのは好きじゃない」

半兵衛は刀を構え、元親に向かって走ってくる。
病人を相手に戦うのは気が進まない。

「……手加減は無用だ!」

半兵衛はそう叫びながら刀を振った。
伸びた刀身が元親の頬をかすめ、鮮血が舞った。
元親は本能で危機を察知した。
半兵衛はまだ、手加減して良い人間ではない。

そう思った瞬間に、元親は槍を思い切り突いていた。
半兵衛との間合いは既に随分縮まっていた。
彼の白い服が赤く染まる。

「か……はっ…」

半兵衛は薄く笑いながら、その場に倒れこんだ。
後味は最悪だ。
槍を持ちなおして、に駆け寄った。

「おい、大丈夫か?」

は頷いた。

「私はそもそも戦っていない。
 元親こそ怪我は?」

「無ぇよ…。
 おい、そこでじっとしてろよ。
 すぐに山猿の大将を殺してくるからよ。
 絶対、動くな」

はそうきつく言い含められた。
戦場の元親は、鬼の名に負けない程怖ろしかった。
文句の一つも言えず首を立てに振った。

元親はそれを確認して、更に上に上っていった。
その背中を見て、は悟った。

もう、元親は自分が守ってあげなければならない存在ではない。

倒れる半兵衛に近寄った。
満足そうな死に顔をしている。
苦笑しているようにも見える。
一体、何を考えていたのだろうか?

暫くして、元親が戻ってきた。
そのままに歩み寄り、腕を掴んだ。

「強かった?」

「ん?
 まぁまぁだな」

元親はぶすくれた表情をしている。
その顔は小さい頃の拗ねた顔にそっくりだった。

「おい、野郎共、引き上げるぜ!」

「「「了解だぜ、アニキ!」」」

その号令からの長曾我部軍の行動は素早く、
すぐに乗ってきた船に全員が引き上げて四国への帰途についた。
もう一つの船はそのまま大阪城に向かうらしい。
殆どの兵力を戦艦に乗せていただろうということで、大阪城へと突っ込むらしい。

元親はずっとの腕を掴んでいた。
何度か外そうと試みたが、より強く掴まれて痛くなったのでやめた。
船の元親の部屋に入って、漸く元親はの手を離してくれた。

「で、お前の答えられない理由ってのはもう反故になったか?」

呆れたような目でこちらを見下ろしている。

「……うん、まぁ」

「じゃ、もう一回言うぜ?
 好きだ。
 俺ん所へ来い」

「……喜んで」

そう答えると、元親はを思いっきり抱きしめた。

「あー…もうちょっとで諦めるところだったぜ?」

「ねぇ…」

「鬼に猿が叶う訳が無ぇじゃねぇか。」

「苦しい…」

すまねぇ、と元親は笑いながらを離してくれた。

「好きだ」

「そんなに何回も言うな、恥ずかしい」

「もう、絶対はなさねぇからな」

「そりゃどうも」

笑いながら唇を重ねた。
つい先ほどまで戦があって、人が沢山死んだことも判っていた。
しかしどうしようもなく幸せで、は心の底から笑った。