姫若子の宝物


三月が経った。
元親のところにも豊臣軍が豪勢な戦艦を造っているという噂が届いた。
そして、竹中半兵衛の名前で半ば脅迫の書状が届いた。

「聞いたところによると、鉄で覆われたでっかい船ですぜ、アニキ!」

偵察に行った一人が泣きそうな顔をして言った。
同行した整備士が悲しそうな顔で呟いた。

「そういやさんが前に船を書いてるって聞いたことがあったぜ」

が?」

元親は眉根を寄せた。
思いのほか強い口調で言ってしまったためか、野郎共は少し驚いたようだった。
一度深い呼吸をして、気を引き締める。

「それは本当か?」

「たぶん…でも、あんな船はさんくらいにしか考えつかねぇ!」

が豊臣に。
何も言えなかった理由とは、これか?

そんな仮定よりも今は豊臣と戦をするか否か、だ。
こんな書状を送られて黙っているのは、鬼の名前が泣く。

「おい野郎共…豊臣と戦だ。
 準備しろ!」

「「「うぉおおっ!!」」」

元親はにやりと笑った。





の予想通りの行程で戦艦は出来上がり、
半兵衛は手紙を元親に送った。
兵の鍛錬は順調に進み、半兵衛はとても満足げだった。

「君のおかげだよ、

離れに現れた半兵衛に、は微笑み返した。
彼の顔色は日増しに悪くなる。
痩せていくようにも見える。

「それは、良かった」

「本当に…君には感謝している。
 僕は君に、ずっとここに居て欲しいと思っている」

「……どういう意味、かな?」

「――…判りたくないんなら、それで良いんだ。
 今日此処に来たのは、悲しいお知らせだ。
 元親君が講和を破棄した」

にっこり、という形容ぴったりに半兵衛は笑った。

「だから君には少しだけ不自由を我慢してもらわないといけない。
 離れから自由に出てもらえないんだけれども、承諾してもらうよ」

「元親は……」

「生きて捕らえることは難しいだろうね。
 努力はするけれども。
 今から見張りがつくけれど、あまり気にしないでくれ。
 僕はこれで失礼するよ」

半兵衛の目は笑っていなかった。
彼が障子を開けると、そこには一人の男がいた。
腰には刀がしっかり装備されている。
は舌打ちした。

なんと馬鹿なことをしてくれたのだ!
考えろ、考えるんだ。
元親半兵衛はおそらく、新しい戦艦で元親を迎え撃つだろう。
ならば、狙うならそこだ。

今日はもう遅いので、常識的な判断をするならば出港は明日朝。
何度か半兵衛の家と造船所の往復をしたので道はわかる。
それまでに、この離れという座敷牢から逃げ出す方法を考えなければならない。





夜明けごろ、半兵衛の屋敷の離れを守っていた男は中から呼ぶ声を聞いた。
中には半兵衛が四国から連れてきたからくり師が居るらしい。
そうとしか聞いていない。

障子が開く音がした。
無礼の無いように、との伝達があったので、
刀に手をかけるだけで振り返った。

ごっ

鈍い音がして視界が暗転した。
男はその場に倒れた。
もちろん彼を昏倒させたのはで、
彼女の手には燭台が握り締められていた。

行かなければ。
早く手を打たなければ、元親が危ない。

そっと雨戸を開けて外に出た。
煌々と松明が焚かれていたがそれらの影を縫って走り、
塀をよじ登って外に出た。
馬は無い。
鈍った身体を叱咤しながらは造船所に向けて走った。

半兵衛は塀をよじ登って逃げてゆくの背中を眺めていた。
眺めていたが、誰か追っ手を差し向けようとは思わなかった。
彼女が逃げていくだろうとは思っていたし、
それを止める理由が半兵衛には無かった。

どうせ、知らせたところでなんともならない。

圧倒的な人数と、圧倒的な火力。
後者は自信が設計した現在日本にある船で一番の火力を持つ戦艦だ。
鉄砲や弓ごときはまったく効かない。

できればここで待っていて欲しかった。
ずっと、ここに居て欲しかった。
それが叶わない願いである事は、半兵衛自身が一番よく判っていた。