姫若子の宝物
次の日、
は戦艦の設計図と半兵衛の簪を持って四国を出た。
船に揺られながら、何も考えずにただ時が過ぎるのを待った。
大阪港について、はじめにしたのは物見台を探すことだった。
背の高い櫓はすぐに目に留まり、その下に小さな建物も見えた。
きっとそこが兵士の詰め所なのだろう。
その建物の中の人間に渡された簪を見せると、馬と案内を用意してくれた。
半兵衛の指示だという。
感動は無い。
はその案内について街中を走った。
半兵衛の屋敷は大阪城の程近くにある大きな邸宅だった。
立派な門をくぐり、中に入ってもまだ家の入り口はまだ遠い。
馬を案内の人間に託し、屋敷の中のまた別の給仕に通された部屋で待たされた。
待つこと半刻。
半兵衛がわざわざ城から帰ってきたらしい。
が待つ部屋に現れた彼は肩で息をして、
いつもは青白い顔が上気して少しだけ赤みが差していた。
「
!
君なら来てくれると確信していたよ」
満面の笑みで迎えられても、これほど嬉しくないのは初めてだ。
「君のために腕利きの鋳物師も船大工も集めておいたんだ。
すぐにでも船を作ることは可能だ!」
豊臣軍が強くなることが純粋に嬉しいのだろう。
ご褒美を与えられた子供を見ているようだ。
久しぶりに血色の悪い顔を見たせいか、以前より青白くなったように思う。
「絶対に条件を守ると誓うか?」
「勿論。
元親君には講和を求める書状を今すぐにでも、
君の前でしたためるよ」
「私の名前は……」
「伏せておくよ。
其れぐらいの配慮はできるつもりさ」
半兵衛は思い立ったらすぐに行動するのか、はたまた予定の内なのか、
手紙をしたためる用意をさせて
の目の前で書状を記した。
その内容の確認までさせてくれたので、
は納得せざるをえなかった。
「この手紙は、船が使えるようになり次第この手紙は発送するよ。
あと、ちょっと手頃な家が見つからなくてまだ用意できていないんだ。
僕の家の離れを好きに使って欲しい。
何かあれば使用人に言ってくれれば、できる限りの事はさせてもらうよ」
「なら、私は何もしないで良いようにして欲しい」
「造船の様子を見るくらいはしてくれるだろう?」
「ああ、それくらいは」
「君には後進の指導もしてもらいたかったんだけど、仕方ない。
判った、準備しよう」
半兵衛は微笑んだ。
彼があまりに幸せそうに微笑んだので、
は虚しくなった。
二日も
が城に出てきていないというのを聞いた元親は、
自分のせいではないのかと少し疑った。
三日目になっても現れなかったので、家に向かった。
の姿は無かった。
何処に消えたのか皆目見当もつかない。
好きだと伝えた後の顔が思い浮かんだ。
昔とは違い、胸の内に何かをしまいこんでいる人間の顔だ。
元親の知らない何らかの理由があるに違いない。
それが元親の自惚れでなければ、という条件がつくが。
探す術は何も無い。
「また待ちぼうけかよ……糞っ!」
一人で吐き捨てた。
自分は変わった、と
は言った。
お前は変わら無ぇ、と
に言った。
彼女は本当に変わらない。
いつも元親を置いて一人でどこかへ行ってしまう。
大阪に来てから暫くの間、
は半兵衛の家の離れにずっと篭っていた。
別に理由は無いが、出るのが億劫だっただけだ。
それに、いつ元親の仲間達に出会ってしまうか判らない。
戦艦のパーツはかなりのスピードで完成しているようだった。
半兵衛は本気で時間を惜しんで製造を進めているようだ。
には関係の無いことだ。
「どうだい、何か不備はあるかな?」
半兵衛に伴われて造船の様子を見に連れ出されたときも、
は感想という感想を持ち合わせて居なかった。
昔は出来上がるパーツが組みあがるのを見ていると、なんだかゾクゾクした。
今は、以前ほどの興味は感じられない。
かなり広い造船所でもまだ、場所が足りない。
今までの常識を覆す鉄に覆われた船は、
完成する前からその圧倒的な大きさを見せ付けてくれている。
「いや…組み立ててる人間の腕も良いし、作ってる人間の腕も良い。
大筒だって最新のを搭載しているし…はっきり言って予想以上だ」
「時間が無いんだ、金に糸目はつけないよ。
この船は秀吉が海を制圧したという象徴になるのだから……!」
そのセリフからも半兵衛の意気込みが知れようものである。
は聞こえなかった振りをした。
この男ならば、きっと可能なのではないかと思った。
この速さを維持できれば、戦艦の完成まで一月。
戦艦を使った訓練に二月。
それで、
の役目は終わる。
の生きる意味は無くなる。
何もかも、終わり。
ごめん、元親。
私は貴方が大好きだった。
私は貴方が無事で居さえすればそれで良い。
半兵衛の隣で異常な速さで組みあがる船を眺めながら、
そんな事を考えていた。
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