姫若子の宝物


何故だかむしゃくしゃした気分のまま、倉庫に入った。
前に構造を理解しようと分解した仁王車の部品が綺麗に並べられている。

からくりは面白いパズルだ。
一つ欠けると動かないし、ましてや組みあがらないことすらある。
それを一つ一つ正しい場所へ、正しい順番で繋ぎ合わせていく。
動きがよくなるようにグリスを塗る。

家で見てきた設計図を元に、仁王車を組み立てる。
車輪がついた土台を基礎に、歯車やら支軸やらをはめ込んで行く。
もともと余分な隙間はあまりないので、
間違っているときはその形でわかる。

暫く続けてみたが、集中できない。
こういうときは何をやってもうまくいかない。
は組み立てる事を放棄して倉庫から机がある部屋に戻った。

「今日はもう帰るわ。
 何かある?」

「いや、メインイベントはもうさんが来る前に終わったっすよ。」

「そう、なら帰る」

は机においてあった箙を取って部屋を出た。
滅機の構造は仁王車に比べてより複雑で面白い。
特に大砲の衝撃を緩和させる構造が自信作だ。

出て行くの背中を見ながら、同僚の一人は溜息をついた。

さん、格好良いなぁ…」

「あんな重機を設計するんだもんな。」

「それにまた新しいやつ考えてるって話っすよ」

「え、何?」

「大筒の乗った船だって」

「へぇ、凄ぇなぁ…」

凡庸な頭には追いつかないことを考えるものだ、と思う。
そのもやっとした気分で暫く居ると、珍しく元親が入ってきた。

「よう野郎共、って奴は居るか?」

「え、あぁ、たった今帰ったところですよ、アニキ」

そう言うと、元親は少し悲しそうな、でもほっとしたような、
微妙な表情を一瞬だけ見せた。

「そうか、なら良いんだ…。
 滅機はちゃんと出来そうかい?」

「任せてくださいよ、アニキ!
 絶対完成させてみせますぜ!」

「期待してるぜぇ!」

「「「まかせてくれよ、アニキっ!!」」」

ぐるりと様子を見て回って、元親は出て行った。
その背中を見送って一人が呟いた。

「なんか、さんってアニキに似てるよな」

「そうか?」

「うん、何となく」





家に帰ったを待ち受けていたのは、満面の笑みの半兵衛だった。

「おかえり、

「うるさい、帰れ」

は拳で殴りつけてやりたい衝動にかられた。

「つれないなぁ…それは何の設計図だい?」

「帰れっつってんだろう」

睨むと、半兵衛は肩をすくめた。

「おお、怖い。
 やはり鬼の筒井筒なだけあるね」

「……何故知ってる?」

「僕だって馬鹿じゃないって知ってるかい?」

半兵衛は子供が拗ねるときのように口を尖らせた。
は見て見ぬふりをして家に入ろうと彼の前を素通りしようと歩を早めた。

「今日は君が好きな甘味…何が好きか判らなかったから落雁を持ってきたんだ。
 僕がここに居る理由だってちゃんと説明するから、
 話を聞いてもらいたい。」

半兵衛は抱えていた包みをの前に突き出した。
先ほどまでの子供じみた表情ではなく、どこか不敵な笑みを浮かべている。

「お互いに時間がある訳じゃないだろう?
 すぐに済むよ」

それが本当の顔か、この狐。

「……上がれ」

そう言って、は落雁の包みを受け取った。
落雁は嫌いではない。

家に向かって歩く。
どんな表情をしていたかは知らないが、
半兵衛がに続いて歩いているのは判った。

一間しかない家に半兵衛を初めて入れてやり(彼はいつもかまちに座っていた)、
は庭へ続く障子を背にして向かい合って座った。
彼はさっさと土産の落雁を出して食べている。

には話すことなどないので、半兵衛を睨み据えて彼が話し始めるのを待った。
家の中にはあまり生活のための物は無い。
殆どがからくりの機構を説明する本だとか、舶来の物理学の本である。
無駄な物といえば、目の前の男が持ち込んだ髪飾りなどの類である。
半兵衛はもそもそと落雁を食べていたが、
の熱い視線に気づいてにっこりと微笑んだ。

「さぁ、始めようか。
 どちらから聞きたいかな…とっておきの話と、僕がここにいる理由」

「どちらでも。
 その選択は重要じゃないだろう?」

「そうだね…その判断は正しい。
 じゃあ、君の時系列に添って僕がここに居る理由から話そうか。」

半兵衛はふふふ、と笑った。
何がそんなに楽しいのかわからないが腹が立つ。
彼はがどんなに機嫌が悪かろうと意に介さないようで、
ぺらぺらと喋り始めた。

要点はこうだ。
豊臣軍は優秀な兵を集めている。
その為全国に兵をばら撒いて情報を集めているが、
重機に関してはの名前が挙がった。
重機はこれからの戦を左右する重要な力であると判断したため、
半兵衛が直々に勧誘に出向いている、という事だった。
全く馬鹿ばかしい話である。

が口を挟まず聞いていたので、半兵衛は構わず続けた。

「で、ここからは取っておきの話だ。
 今度、秀吉は四国を平定する――つまり、元親君を攻めると決めた。
 毛利の水軍も手に入れたことだしね。
 ここの兵は死生知らずだからきっと抵抗も激しいだろうし、
 かなりの消耗戦になる事が予想される」

半兵衛はそこで一息ついた。
その思わせぶりな喋り方が癇に障る。

「そこで、君に取引を申し込みたい。
 僕は四国の兵も、君の能力も高く買っているんだ。
 この取引が成立すれば、誰にも損は無いんだ」

自信満々の口ぶりだ。

「で、取引の内容は」

「君と、君が今設計している戦艦の設計図を豊臣が貰う。
 その代わりに、元親君の処遇はどこよりも厚遇する事を約束するよ」

苦虫を百匹も二百匹も噛み潰したような顔になるを見て、
半兵衛は愉快になった。

「馬鹿を言うな」

「馬鹿な事じゃないよ。
 今、秀吉は君達の三倍になるほどの数の兵を集めている。
 海上の戦の主軸は毛利の水軍だけだけれど、
 戦を仕掛ける頃にはまとまっているだろう。
 どちらが不利なのか、賢明な君にはわかる……!」

ゲホッゲホッと半兵衛は不意に咳き込んだ。
肺を病んでいる者特有の嫌な咳だ。

「……何度も言うが、僕は君の能力を買っている。
 でも、秀吉がどうかは知らない。
 僕には時間が無い。
 早めに決断をしてもらわないと困るんだ。
 取引の意味がなくなってしまうし、
 君の大事な元親君だって秀吉に縊り殺されてしまうかもしれない」

口元を拭いながら、半兵衛はそれだけ言って黙り込んだ。
暫しの沈黙。

「僕は今日大阪に帰る。
 もし気が変わったら、昨日渡した簪を持って大阪港に来てくれ。
 物見台の詰め所に来てくれたら、案内するよう手配しておくから。」

じゃあね、と半兵衛は勝手に立ち上がり、勝手に出て行った。
強い風が吹き込み、鏡にかけていた布がぱさりと落ちた。
それを戻そうとして鏡に映りこんだ自分と目が合った。
は自分の顔が蒼白になっているのがわかった。

元親が不利な戦を挑まれる。
弥三郎が戦。
それを阻止することを選ぶ権利がにはある。

考えろ、考えるんだ。
この取引はあきらかに半兵衛に利がありすぎる。
どうすれば良い?

どうすれば危険や不利から、元親を遠ざけられるだろうか?