将星と疑惑と 後編


はっきりと言わない兄の言葉に業を煮やし、
アイリはシバの手を引いて歩いていた。
変装用に借りてきたレイのサングラスをかけ、
きょろきょろと様子を伺いながら、物陰に隠れつつ歩く。

「アイリさん……帰りましょうよ」

「駄目」

不安そうなシバの提案をアイリは却下した。
不安なのはアイリも同じである。

レイは「心配いらない」と言っていたサウザーの件であるが、
その理由はさっぱり分からないし、明らかにもされない。
何か言いにくい訳でもあるのだろうか。

そう疑っていると、が用事で午後から出かけると言った。
その日はレイも帰りが遅くなるかもしれない、と言っていた。
アイリはそこで閃くものがあり、の後をつけた。
案の定町外れではレイと合流した。
このシチュエーションから、アイリは自分の仮説に確信を持った。

サウザーはの浮気相手を調べていたのだ。
そして、その浮気相手とはレイなのだ。

今から兄は一人の女性をかけて南斗最強の男と戦うのかもしれない。
兄の雄姿を目に焼き付けるのだと、
間違えた信念とともにアイリはシバの手を握り締めた。






「ほんとにサウザーが来た……」

が情けない声でつぶやいた。
遠目にもすぐ分かるサウザーの金色の頭が車から出てくる。
レイはまだ彼女に詳しい話を伝えていない。
サウザーが動く理由の大半はのためなのだと、
本人以外は殆ど知っているのだ。
一度くらい真面目に働く姿を見せてやろうという、
サウザーに対する親切心からの行動である。

どこをどう解釈すればそうなるのか、
はサウザーの浮気を疑っているらしい。
心配をかけまいとサウザーは黙っているのだと思われるが、
裏目に出すぎである。

少し気になるのは、
どうやらアイリとシバがをつけてきたことである。
今も少し離れた場所に隠れている。
知らんふりをしてやることが思いやりなのかもしれないが、
治安が良いとは言えない区域である。
何かあれば助けに行かねばならないだろう。
レイは気を引き締めた。





サウザーは南斗に反抗的な勢力が隠し持つ、
無法者をあつめた拠点の前に立った。
既に包囲は完成しており、後は殲滅するばかりである。
目立たぬようにと普段は使わない狭い車に乗ったせいか、
関節の具合が妙である。

どれもこれも、こんな面倒な輩が居るせいなのだ。
サウザーは鬱憤を込めて、立てこもる集団を皆殺しにしてやった。
表面上、彼らは勝手に迷惑な行動を取り続けてきた訳であり、
誰かの手引きであるとは分かっていない。
既に調べは付いているが、表面上はただの賊討伐である。

さっくりと作業を終わらせて、後処理は部下に任せてビルを出る。
とレイが近くに居ると報告があったが、
まあ、レイがついていれば問題は無いだろう。
全て内密に済ませる予定だったが仕方無い。

そう思って外に出ると、
困惑したような顔の部下が駆け寄ってきた。

「サウザー様!!
 様が……」

「どうした」

また何かに巻き込まれたのか。

「慌てた様子で道を横切り、あちらへ駆けていかれたのですが」

「何故追わぬ!」

怒鳴りつけると、
泣きそうな顔で「申し訳ありません!」と部下が叫ぶ。

「レイ様も居られましたので……」

そんな言い訳を聞く前にサウザーは走りだした。
慌てた様子とは何があったのか。
レイも居て、一体何が。

シバかアイリか、フドウの所にいた子ども達か、
とにかくを慌てさせられそうなのはその辺りである。
その辺りの人間が囚われでもしたら、
は何を置いても駆け出すだろう。
自分が狙われる立場にあることも忘れて。
やはりしつこく言い含めてやらねばならない。

舌打ちしながら駆け、角を曲がる。
路地に入ると、レイが突っ立っていた。
危うくぶつかるところだった。

「サウザー、もう終わったのか?」

レイもサウザーに気づいたようで振り返る。
その奥で、がまさに敵の顔面にケリを入れたところで、
蹴られた男は気絶したのだろう、無様に崩れ落ちようとしていた。

崩れ落ちた男の頭が着地する前にもう一度跳ね上がった。
意識を回復したのではなく、に蹴り上げられたからである。
芸術的な動きだが一体何があったのか。
レイの胸でアイリが震えており、
その傍には口の端から血が出ているシバが立っている。

「……どういうことなんだ、これは」

さんと二人でサウザーの様子を見に来たのだが、
 それについてきたアイリが絡まれてしまったんだ。
 それにさんが気づいてくれて、助けに入ったんだよ」

レイがアイリの背を撫でながら、「すまないな」と謝った。
蹴り上げられた男が反対側に倒れ伏し、くるりとが振り返る。

「サウザー……」

「どうした」

には傷一つなさそうだ。
拳のレベルを考えれば当然ではあるが、良かった。

「この際はっきり言って?
 こんなところに何か用なの?」

「いや、用という程のことは……」

「此処まできても隠すんだ……やっぱり……」

の顔が泣きそうになる。

「何を言っている」

触れようと手を伸ばしたが、跳ね除けられた。

「触らないで!」

が構える。
いつになく殺気が漲る良い心構えのようだが、
今それを褒めると逆効果なのは火を見るより明らかだ。
おかしい。
相手をしてうっかり怪我をさせてしまっては困る。

「おい、レイ」

何があった、と言う前には地面を蹴った。






事の顛末を聞いて、シュウは笑いをこらえることが出来なかった。

「よくアイリを守ったな、シバ」

頭を撫でられて、シバが照れたように俯く。
彼が口の端を切ったのは、
果敢にもアイリに絡んだ男たちの前に進み出たからだった。
名誉の負傷である。
異常を察知して駆けつけ、その男たちを伸した上、
無傷だったは二人を前に黙り込んでいる。

三人は白鷺拳の道場に居た。
が此処に入るのは随分久しぶりのことである。
他の誰にも見られないよう、人払いをしている。

「……コソコソするのが悪いと思う」

サウザーvsという好カードの痴話喧嘩は、
すぐにレイによって止められたようだ。
サウザーがを思って雑魚狩りをしていたと聞いて、
は沈黙し、サウザーは眉間をしばらく押さえていたという。
不器用にすぎる。

「それがサウザーの優しさなのだ。
 さて、そろそろ始めるか」

シュウはサウザーの依頼を達成すべく立ち上がった。
頂戴した依頼とは、を鍛え直すことである。
久しぶりにの相手が出来て、
シュウとしては喜ばしい限りである。
時間もたっぷりあるし、断る理由は本当に何も無い。

「はーい」

はヘロヘロと立ち上がり、シバは少し離れて座りなおした。
聞けば、彼女はサウザーから要注意人物リストが進呈されたという。
それを逐一解説されたせいでげっそりしているのだと。
シュウも見せてもらったが、
サウザーの過保護ぶりがよく分かる仕上がりであった。

(サウザーの気苦労が減る程度に、を強くしてやらねばな)

シュウは気合を入れなおした。
久しぶりのとの組手である。
師匠としても楽しみなことではあったが、
一人の拳士としても楽しみである。
サウザーからの指導もあったようだし、
きっと成長しているはずだから。

目の前で構えるに意識を集中する。
シュウのその意気込みが、
の幸せに繋がるかどうかはまた別の話である。