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私は、サウザーがシュウを捕らえたという話を聞いた。
嘘だと思った。
確かめるために牢に行き、繋がれたシュウを見て絶句した。
「
さんには、いつも見苦しいところを見せる」
無言の私を慰めるかのように、
苦笑しながらシュウはそうつぶやいた。
脚を怪我しているのか、血が流れている。
白鷺拳は足技を主体とする拳なのに。
「……嘘でしょう?」
「あまりここに長居しない方が良い。
サウザーの機嫌を損ねる」
シュウの言葉には、確信があった。
他の人間から見れば、明らかなことだったのだろうか。
サウザーが、彼なりに私を愛していたことが。
私はあれから手帳や書類を見直していた。
思い出せる限りの記憶も呼び出して、
そうしてその答えにたどりついたのだった。
「……」
私には、返す言葉が無かった。
「今までのことを考えても、
あわせる顔が無いと思っていたのだ。
さあ、出て行くんだ。
これ以上、君に迷惑をかけさせないでくれ」
シュウの強い声に追いたてれるように、私は牢を出た。
私は己の不甲斐なさを噛み締めながら、一歩一歩階段を上った。
背負うのは未来への希望と、聖碑と、サウザーの憎悪である。
私のとった行動がサウザーを苛立たせ、
そしてそのとばっちりを
さんに受けさせていたのだと思うと、
罪悪感に心が侵食される。
いけない。
ここでこの重荷を投げ出しては、被害を広げるだけである。
頂上にたどりついた私を待っていたのは、足かせだった。
そうして、矢が一斉に放たれた。
文字通り手も足も出ない私にはどうすることもできない。
ケンシロウの声がする。
私の光を犠牲にして、
シバの命を犠牲にして、
今度は私の命を犠牲にして、
そうして助けた最後の希望。
槍が私の体を貫いた。
の悲鳴が聞こえたような気がする。
私はやっと、無理な課題から解放されるのだ。
目の前には、成長したケンシロウが立っているのが見えた。
奇跡だ。
立派な青年に育った。
彼ならばきっと、終わらせてくれるだろう。
俺は全力で槍を投げた。
全ての憎しみを込めて。
が悲鳴をあげた。
「やめて」と言っていたのかもしれない。
シュウは聖碑をかかえたまま、その場に倒れたらしい。
せいせいした。
あとは現れたケンシロウを再び捕らえて十字陵へ突っ込むだけである。
さっさと殺してやろう。
シュウが上った階段を、俺も一歩ずつ上り始めた。
俺は階段を上るサウザーを遠くから見ていた。
ケンシロウは負けぬ。
なんとなく、そう思う。
理由は無いので口には出さない。
「嬉しそうだな、ラオウ」
トキが言った。
ケンシロウの成長が嬉しいのは確かだ。
それと同時に、
敗北するであろう男があのサウザーなのだと思うと、
少々寂しく感じるのだった。
サウザーが先ほどまで居た場所に、見知った人間を見つけた。
だ。
よく分からぬが、階段を上っていくサウザーを見つめている。
その心境を探るには、俺の場所は遠すぎた。
サウザーが、負けた。
ケンシロウが階段を下りてくる。
サウザーは、おとうさんが居る方へ歩いていく。
ふらつきながら、
手をついて、体を支えながら。
私は自由を手に入れた。
あれほど焦がれていたものを手に入れたのに、
あれほど逃げたいと思っていたサウザーなのに、
本当は彼の優しさを欲していたのだと気がついた。
拾われたときから、サウザーを助けるために生きろといわれた。
途中で、時機を見てやめて良いといわれた。
それなのに、その時期が分からなくなった。
逃げ出したいと思ったが、
逃げ出したところで自分は何がしたかったのか分からない。
ただ、サウザーの傍に居たくなかった。
十字陵の話をしていたときの、サウザーの自嘲する顔。
私は、酷い誤解をしていたのだ。
サウザーは強かったが、強くなかった。
私は昔のサウザーに戻って欲しいあまり、
今のサウザーのことなど考えていなかった。
私が果たすべき役割は、
出来る秘書でも、執事でもなかったのかもしれない。
サウザーが探していたのは、
最初は悲しみを分かち合える相手だった。
それが駄目なら、傍に居てくれる相手だった。
たぶん。
十字陵が崩れていく。
サウザーの情愛とおとうさんの墓が。
二人は崩れ行く十字陵に飲み込まれようとしている。
これ以上、私を一人にしないで。
俺は石材が音を立てて崩れるのを聞いていた。
目を開けている気力すらもう無い。
お師さんは、何も言わずそこに座っている。
当たり前だ。
随分前に俺が殺した。
後生大事に、俺はお師さんを手放せずに、
こうして保存していたのだから。
怒られてしまうな、と思った。
そう思っていると、ふわり、と温かい何かが俺に触れた。
「置いていかないでよ」
の声だった。
何を馬鹿なことを。
俺を一人にしたのは、
なのに。
そして、何故こんなところに。
逃げようと思えば逃げられたのに。
このままでは
まで死んでしまう。
の腕が俺を抱いている。
温かい。
この温もりを欲していたのに、
傍に居たのに、
手に入れることが出来なかったのに。
を抱き寄せる力も、もう無かった。
ただ、抱かれていた。
やっと、手に入れた。
俺はサウザーの死を見届けた。
腕を競った、一人の拳士の死を。
そのサウザーが愛した女の死を。
最期に
に寄り添われて、サウザーは幸せだったのだろうか?
……感傷に浸りすぎた。
俺にはやらねばならぬことがある。
十字陵は今や瓦礫の山であるが、
山という点では墳墓の態をなしているとも思えた。
黒王と共に、俺はその場を後にした。
ただ、俺の目が黒いうちは、
この瓦礫の山はこのままで置いてやろうと思った。
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