pray
が目覚めると、リュウガが枕元に座っていた。
「起きたのか?」
「リュウガこそ、眠れた?」
「当然だ」
ふ、と自然な笑みがリュウガの口元を彩る。
優しげで、包み込んでくれるような笑み。
この笑みを独占できる喜びと、
喪失する悲しみを、
は同時に感じた。
体力はもう、殆ど無い。
死が目前に迫っていた。
ベッドから出るのも億劫になった。
起き上がるのも少し辛い。
ずっとまどろんでいるような状態で、
ただぼんやりと、死を待っている。
「食事を用意させるから、少し待て」
リュウガが額に口付けてくれた。
そんな価値はとうの昔に失ったのに。
それでも嬉しいと思ってしまう。
「ありがとう」と微笑んでみせた。
リュウガが部屋を出たのを確認してから、
は深いため息をついた。
それすらも億劫である。
最近、
が目覚めると大抵リュウガが居る。
殆ど一日中眠っているので、
はっきりと覚醒していることの方が稀なのだが。
嬉しいと重う反面、申し訳なく思う。
彼は“天狼星”などという大層な宿星を持つ人間である。
こんなことに時間を費やしていて良いのだろうか?
良いわけがない!
冷静な
の一部がそう叫ぶ。
正論を吐くその
に対して、反論する別の自分が居る。
忙しい合間を縫って看病をしてくれているのに、
そんなことしか言えないわけ?
どちらも本心である。
理性ではわかっている。
良くない。
良くないのだ。
もう少し元気なころは、
早く平和な世界が来てほしいと願っていた。
今は、もうそんな無茶は願わない。
早く、リュウガが自分を忘れてくれますように。
この献身的な介護が、演技ならばそれで良い。
そうあってほしい。
なぜならば、彼は天狼星の男である。
孤高の星であり、そして天の動向を静かに見守る。
の看病なんかに時間を取られていてはいけない。
はリュウガが好きだった。
好きだからこそ、早く忘れてほしかった。
耳を澄ますと、リュウガの足音が近づいてくる。
の思いを伝えてはいけない。
伝えれば、リュウガは頑なに拒否するだろう。
そういう性格であると把握している。
演技であってほしい。
はうっすらとそう思いながら、
まぶたを閉じた。
幸せな悩みであるという自覚は、十分にあった。
はリュウガに微笑んで、言った。
「一緒に居られるのは、ここまでみたい」
苦しげに息をしながら。
医者が隣室に控えている。
今は部屋に二人きりだ。
「……そうか」
予定されていた別れ。
薬があれば、などというぬるい状況ではない。
「そんな顔しないで?」
「辛いんだ」
「大丈夫」
の手がよろよろと伸びてきたので、
リュウガは両手で包み込むように握った。
「死なないでくれ」
自分で言って、あまりの滑稽さに笑ってしまいそうだ。
涙が流れるほどでもないが、目頭が熱い。
「ずっと見守ってるから。
だから、幸せに生きて」
どうして、
は死なねばならないのだろうか。
リュウガがたった一人愛した女が。
神は無慈悲である。
リュウガの手から、全てを奪い去りたいのだろうか。
また一人に戻ってしまう。
「無理だ」
どうやって一人で過ごしていたのか、うまく思い出せない。
が居ない。
そんな現実を受け入れたくなかった。
「リュウガがそう願うなら、
私はずっと傍に居るわ」
は悲しげに微笑んだ。
泣きそうな顔だった。
目を瞑ると、そのときの光景がありありと思い出せる。
手を伸ばせば、
の頬にもう一度触れられる気さえする。
好きだった。
何を差し置いても、
を選びたかった。
まぶたを持ち上げると、目の前には墓があった。
墓碑銘は刻んでいない。
それが
の望みだったから。
珍しくジュウザが間をおかずにやってきたので、
が死んだことを直接伝えた。
どこかで既に耳にしていたようだったが、
「そうか」と言ったきりだった。
それで良かった。
カクには手紙を書いた。
迷惑をかけた、という旨の返信が来た。
迷惑などではない。
リュウガは
を心から愛していたし、
つかの間ではあったが幸せだった。
世界は少しずつ動いている。
北斗の男で一番目立つ星はラオウだ。
ケンシロウはまだ、沈黙している。
早く。
はどこにも居ないが、
リュウガの中には焦燥感だけが残っている。
早く平和になってほしい。
自分のような思いをする人間が増えるのも嫌だった。
ラオウは君主とは言えない器である。
それは随分前から明白だった。
それでも、リュウガはラオウに賭ける気になった。
平和への一番の近道だと思ったからだ。
天狼星は孤高の星。
世が乱れるとき、北斗を天へ導く星。
そんな役目などどうでも良い。
ただ、早く乱を終わらせられるならば。
一刻でも早く平和が訪れてくれるならば、
自分は天狼星の人間らしくなくても良い。
たとえそれがカクのような人らしい道でもなく、
魔狼の道だとしても。
ラオウは南斗を抜けたリュウロウのところへ向かっているらしい。
一度手合わせしてみたい、と武人の心がうずく。
リュウガは馬を引き寄せて、
の墓に別れを告げた。
もう二度と戻らぬかもしれない。
だが。
「俺は、
と一緒にいる」
そう願うから。
馬に乗って、リュウガは城を離れた。
ラオウに会うために。
会って、確かめるために。
自分のような人間でも頼ることができる、
大樹のように揺ぎ無い存在であることを確かめるために。
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