chained
そう真面目に対応されると、
も真面目に考え込んでしまう。
が望む世界。
それは秩序を取り戻した世界である。
「世が求めるのは秩序だと、拳王様の力だと信じている。
だが、そうすると
が育てた兵士が少なからず犠牲になる。
俺の傍に居ると否が応にも殺戮が付きまとう。
それが今の俺が歩む道だ。
落ち着いて考えるんだ、
」
告白してきておいて、何故やめるよう諭されなければならないのか。
はだんだんと腹が立ってきた。
それと同時に悲しくなってきた。
「リュウガ様が私を好いてくださって、本当に嬉しく思います。
それと同時に、釣り合わない女であることを悲しく思います」
平和な世界に至るまでの、
血の海を見ることになるかもしれない。
見たくない。
そう思っていない訳ではない。
しかしリュウガから離れたかった一番の理由は、
己が立場を弁えぬ女と思われたくなかったからだ。
「リュウガ様が血の道を歩むならば、私も一緒に参ります。
荒事では以前のように直接お手伝いはできませんが、
今の職分でも間接的にお力になれると思います」
腹をくくる。
リュウガの手の上に、自分の手を重ねる。
「しかし……」
この天狼殿は「お前を食らってやろうか?」と脅しておきながら、
「どうぞ!」と差し出すと遠慮するらしい。
なんと慎み深い狼なのか。
「まだ何か」
「……いや」
「では問題ありませんね。
私はリュウガ様が好きです」
「……ありがとう」
「抱き寄せても下さらないのですか?」
本当に何を言わせるのだろう。
「本当にいいのか?」
「嫌だったら言いません」
「いつか俺は
を殺してしまうかもしれない」
「いつか、は今ではありません」
彼が戦場で冷徹な仮面を被る理由が知りたかった。
今はなんとなく分かる気がする。
生真面目で、優しくて、強い獣。
その目を見ていると、身動きが取れなくなる。
こんなに美しい狼ならば食われても良いと、
は本気で思った。
リュウガは
を抱き寄せた。
唇をあわせる。
白い肌に銀色の髪、アイスブルーの瞳。
氷を思わせる風貌の男の唇は、酷く温かく感じた。
リュウガはぼんやり天井を眺めながら、
本当にこれで良かったのだろうかと未だに悩んでいた。
隣に
が居る。
その艶やかな髪に触れると、
自分に比べると細く柔らかい髪はさらさらと流れた。
幸せだ。
この上なく幸せだ。
それは間違いない。
「
」
呼ぶと、眠そうな目で
はリュウガを見上げた。
「何でしょうか」
「何でもない」
どうしようもない。
眠たげなところを起しておいてこれはない。
唇を
の額に寄せる。
くすぐったそうに彼女が笑う。
細い指がリュウガの腕を撫でる。
捕まえて、抱き寄せる。
「……逃がさないで下さいね」
はそう言って微笑んで目を瞑った。
リュウガは
を抱きしめた。
己の宿星などすべて忘れてしまいたい。
考えたくない。
今は何も。
ただ、この人の形をした幸せにしがみついていたかった。
翌朝、リュウガは件の女官を探し出した。
彼女はリュウガを見て素晴らしい笑みを浮かべてくれた。
「何でございましょう、リュウガ様」
「悪いが
の縁談は諦めて欲しい。
彼女は俺の物になったから」
リュウガも渾身の笑みを浮かべる。
「そういう訳だ。
失礼する」
そう言って逃げた。
その後噂に尾ひれがついて、
見合いの席から
を掻っ攫っていったことになっていた。
噂とはそういうものであると理解していても、少し腑に落ちない。
実際はグダグダと逡巡するリュウガの手を、
が取ってくれたというだけなのに。
結果として、
に縁談を勧める人間は居なくなった。
どんな話になろうとも、それで良かった。
件の三人は突き刺すような、恨みがましい視線をくれていたが、
が選んだのならばと引き下がってくれた。
ただ、「何かあったら言ってくれ」と、
に詰め寄ってくれたらしいが。
拳王軍において、リュウガの地位は非常に高い。
が育てた兵は精強で、不利な戦局にも屈しない。
士気もモラルも高い。
「自分の死に様を受け止めてくれる人がいるから」
と誰かが言っていた。
は身を守るために兵士に馬術を教えながら、
その兵士は
が居てくれるからと無茶をする。
そのからくりを彼女に伝えるのは酷だろう。
は相変わらず柔らかな笑みをリュウガに向けてくれる。
リュウガはどれだけの血を浴びて帰っても、
彼女の微笑みですべてを忘れられるような気がした。
「お帰りなさいませ、リュウガ様」
「ただいま、
」
リュウガは戦死者のリストを片手に
を抱きしめる。
彼女と共に彼らの物を集めて、墓に埋葬する。
若木は少々成長し、随分幹もしっかりしてきた。
少し墓標らしき雰囲気が出てきたような気がする。
は手を合わせている。
リュウガも手を合わせる。
(拳王に疑念を抱かせないでくれ)
そうすれば、このまま
と幸せに暮らしていける。
リュウガは死者に祈った。
心の底から、強く、そう祈った。
←
戻