chained
「……あんな無理をなさらなくても」
鬱々とした雰囲気を背負い込んだまま歩くリュウガに、
は思わずそんな言葉をかけた。
「……あれが一番早いのだと昔弟が言っていたのでな」
自分の顔の良さを利用して女性を黙らせる、あれ。
「それは早いでしょうけれど」
「予想以上の反応だった……」
たぶんあれはもっと別な場面、
女性相手がもう一押し…・・などという場面で利用する方法だろう。
むくつけきマッチョな男共に見慣れた人々には目に毒だ。
真面目一辺倒にしか見えない兄に弟とやらは何を教えているのだ。
おそらく、弟も同じようにお美しい顔をなさっているのだろうけれど。
「何かありましたか?」
前を歩くリュウガは無言である。
連れ出したのは彼であるし、
何か用があるらしいのでとりあえず
もついて歩く。
廊下を渡り、階段を上り、
人通りの少ないバルコニーに出る。
「……警戒心が足りないのではないか」
リュウガはバルコニーの手すりに座り、
開口一番そう言った。
連れてきたのはリュウガだ、と
は思ったが、
口には出さないでおいた。
それに、誰にだってついて行く訳ではない。
「リュウガ様がその、尋常ではない手段で呼び出されたので、
何か大事なご相談かと」
思い出したらしく、リュウガは項垂れた。
戦場では無慈悲な彼も、そうしていると普通の人に見えた。
はバルコニーの入り口の柱にもたれている。
手すりに座るリュウガの、丁度正面に居る。
真正面にまっすぐ見ると、
覚悟を決めて呼び出したというのになんとなく決心が鈍る。
「誰かご迷惑をおかけしましたか?」
どう切り出したものかと迷っていると、
が顔を曇らせた。
「いや、そうではない」
はまた黙る。
彼女はリュウガから話し始めるのを待ってくれている。
「無理に連れ出してすまない。
忙しかったのでは?」
「いえ、今日はもう上がる予定でしたので」
決して困らせたい訳ではない。
の笑顔を手に入れたくて仕方が無いのだ。
「縁談が出ていると聞いたのだが」
は浮かべていた微笑を若干引き攣らせた。
「ええ、まあ」
話したくないのだろうか。
無理も無い。
リュウガは所詮元上司なだけなのだから。
逃げたければ、逃げ出せば良い。
それが出来るようにこの位置に座っている。
「幸せになってほしいと心から思うが、
その、この期に及んで……ただの悪あがきなのだが」
なんと愚かな。
早く言ってしまえ。
言ってこの茶番を終わらせるのだ。
「傍に居て欲しいと思っている。
だが、叶わぬならばそれで良い。
が自分の意思で相手を選んで嫁ぐならば何も言うまい」
を直視するのが恐ろしい。
早く返事を。
リュウガは待ってみたが、残念ながら
は話さない。
ちら、と様子を伺ってみると、
は驚いたような顔でこちらを見ている。
「
?」
「いえ、なんていうか……
突然のことで驚いて、その……」
「はっきり言ってくれ。
責めたりはしない」
「いえ、あの、嬉しくて」
ウ レ シ ク テ ?
非常にナーバスな状態で告白してきたかと思うと、
好意的な回答に困惑した顔を浮かべているリュウガを見て、
は途方にくれた。
「……ご迷惑でしたか?」
「いや、嬉しい。
嬉しいが、そういう答えを想定していなかった」
玉砕予定で告白するとは。
リュウガの思考がよく分からない。
「隣、良いですか?」
は答えを待たずにリュウガの隣に、
肩が触れ合うほどの場所に座った。
すぐ傍で見ると、本当に整った顔をしている。
長いまつげがこの距離からならはっきり見える。
「本当に喜んでいただけたのですか?」
じ、と見つめると、リュウガは視線を外した。
「嬉しい。
しかし驚いている」
「どうしてですか?」
「俺は……
に好いてもらえるような男ではないからだ」
「何がですか」
「直接その目で見てきただろう」
「……ああ、戦場でのことですか?」
リュウガは黙っている。
戦場では冷酷な拳を操り、
無駄に整いすぎた顔のおかげで恐怖を感じるほどなのに、
ときおり隠しきれていない人の情を見せる。
普段は穏やかで、仕事ぶりは丁寧で、
死者を弔う手伝いをしてくれる。
穏やかで、優しい人。
「普段のリュウガ様も見てきましたから、私。
戦場では無理をなさっておいでなのだと」
「どちらが本当か分からないだろう」
「もし私を騙す必要がおありでしたら、
今は何としてでも優しい人間だと肯定するところだと思いますが。
そうでないなら、何を悩んでおられるのですか」
自分は誠実な人間だと、
リュウガは自分で言ってしまったのと同じではないのだろうか。
彼はしばらく言いにくそうにしていたが、
ぽつりとつぶやいた。
「俺では
が期待する世を見せてやれぬ」
そう言って、俯いて黙り込んでしまった。
落ち着かないのか、指のストレッチをしているのが微笑ましい。
どうやら本当にこんな状況になることを想定していなかったらしい。
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