覇王は現在を夢に見るか
ラオウはドアをノックした。
いつもであれば間延びした返事がかえってくるところだが、
今日はそれが無い。
返事を待たずにドアをあける。
は二人がけのソファで眠っていた。
クッションを枕代わりに、脚を手すりに乗せている。
すよすよ、と気持ちよさそうな寝息が聞こえた。
この時間に来ると、事前に伝えてあったのに。
起こすのも悪いかと思い、
ラオウは向かいのソファに座った。
に目覚める気配は無い。
ここはリュウガが用意した、
ラオウが回復するまでの仮の住まいだった。
洞窟を利用したもので、
日当たりが良いとは決していえない。
ラオウは寒いとは思わないが、
は今も毛布をかぶっている。
トキ、ケンシロウとの対戦の後、
黒王号は手負いのラオウを
の家に運んだ。
ラオウが目覚めると、
の家だった。
帰って来たのだ、と思った。
共にあるのは、
しかいないと思った。
それを伝えた。
この隠れ家に共に来いと言うと承諾してくれた。
だから、
もここに居る。
無理に連れてきたわけではない。
もし
がいなければ、
黒王はラオウをどこへ連れて行ったのだろうか。
それをここ数日考えてみるが、
候補となる場所は拳王府くらいしか思い浮かばない。
が、果たして黒王はそこを選んだだろうか?
また、リュウガは
にラオウが来るからと後事を託したという。
もし
が居なければ、
リュウガはどうしたのだろうか。
戻ってくるという判断を下しただろうか?
考えたところで、想像の域を出ない。
自分も、リュウガも、黒王も、
その時々で最良の判断をすることだろう。
それは、その時が来ないと分からない。
ラオウの体は、五割程度回復している。
雑魚相手であれば苦労は無いだろうが、
十分回復したと言えるレベルではない。
何もしないでいるというのは苦痛なので、
自分で茶でも煎れようかと立ち上がる。
確かこの辺りから
はいつもカップを出していたか、
とあやふやな記憶を頼りに食器棚からいつものカップを出し、
茶葉を探すのに一苦労し、
湯を沸かすための薬缶を探すのにもまた、一苦労した。
「……何してるのよ」
眠そうな、
それでいて咎めるような声が後ろから聞こえた。
振り返ると、
やはり眠そうな顔をした
がラオウを睨んでいた。
「茶を煎れる」
「だから、なんで起こさないのよ。
煎れるから、私が」
狭い炊事場からラオウをひっぱりだして、
は食器棚やら茶筒なんかの整理を始める。
逆に手間を増やしただろうか。
ラオウはおとなしくソファに座って、
茶が出てくるのを待つことにした。
することがなくなったので
の後姿を眺めていると、
頭の後ろだけ妙な具合に髪が跳ねていることに気がついた。
動くたび、へろへろとその髪も動く。
「はいどうぞ」
と、
がお茶を出してくれたときも、
後頭部の跳ねた髪を思い出して笑ってしまった。
「……何?」
「いや」
気がつかなければ、
それだけ長く、この間抜けな状態が続く。
は疑り深い目でラオウを眺め、
服装の確認をした。
最近はずっとまともな格好をしている。
問題は服装ではない。
の前にだけ、茶菓子がある。
今は材料だけリュウガに用意してもらって、
自分で作っているらしい。
が服装に気を取られている間に、
ラオウは
の茶菓子を奪って口に放りこんだ。
「ああああああ!!!」
が悲鳴をあげた。
しかし、まとめて口に放り込んだのでもう返せない。
問題の茶菓子は甘さが控えめで、芋の味がする。
それくらいしか分からない。
「何するのよ!
私の……私の茶巾絞りが!」
「うまいな」
「そういう話じゃない!」
はしばらくラオウを睨んでいたが、
諦めて奥からもう一つ出してきた。
「半分よこせ」
「嫌。
さっき食べたじゃない!
甘いもの、好きでもないのに!」
今まで見た中で、
一番怖い顔で
はラオウを睨んだ。
全く怖くないが、奪われまいと必死な様子がまた面白い。
美味そうに食べる
を眺めながら、
やっぱり先ほどの考えは馬鹿らしいことだと思い直した。
あの場面で
に会ったからには、
ラオウは必ず
と行動を共にすることを選んだだろう。
そうして、傍に
が居てほしいと思うようになっただろう。
“拳王”であり続けようとは思ったが、
こうしたのんびりした時間も悪くない。
体力がもう少し回復するまで、
こうして
を眺めてすごすのも良い、と思った。
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