sanctuary


ラオウは一人で街中をうろつき、
食料と金を交換してくれる店を漸く見つけた。
中に入って、店にある食料を全て売るよう命じる。

「は?」

店主は予想通り怪訝な顔をしたが、
ラオウが道場からかっぱらってきた指輪を見せると、
態度を急変させて店の奥へと姿を消した。

その間に、別の客が入ってきた。
このご時勢に一人旅の女である。
店内を見回して、
ラオウと目が合うとぎょっとして視線をそらす。
普通の反応である。

店主が大きな箱をかかえて戻ってきた。
ラオウは腹が減っていた。

「これで全部です」

「嘘、全部!?」

先ほどの女が叫んだので、
ラオウは一応スペースをあけてやった。
カウンターに近づいて、女はまくし立てる。

「この街で食料提供してくれるのって、
 ここしか無いって聞いたんだけど?」

「金のある方へ渡すに決まってんだろうが!」

言い返す言葉が無いのか、女は悔しげに黙る。
まあ、少しくらいなら分けてやろう。
そう思いながら、ラオウは店主に指輪を渡そうとした。
が、そのとき再び女は叫んだ。

「うわ、酷いぼったくり」

店主が指輪に手を伸ばしてきたので、
ラオウは手元に引っ込めた。
にこやかだった店主の形相が変わる。

「手前ぇ、静かにしてろ!」

「どうせ私のところに食料来ないんだもん。
 ねえ、この指輪だったら、
 ここの5倍の食料と交換してくれるところもあるよ。
 知ってた?」

店主が手元の何かを投げようとしたので、
その手を掴んで止めさせる。

「ほう?」

女はにやにやと店主を見ている。
が、攻撃されるのは怖いのか、ラオウの後ろからである。
これが男であれば殴り飛ばしているところだが、
女なので我慢する。

「貴金属高騰してんのよ。
 でもその指輪、そのまま宝石とか外さない方が価値ありそう。
 他に細かいのがあったら、私が丁度良いの見繕うよ。
 だから、ちょっとだけ食料分けて?
 その分はちゃんと払うから」

「任せる」

ラオウは店主の腕を放してやった。
加減をしたつもりだったが、
随分痛そうにしている。

指輪を元に戻し、
もっと華奢で小さなものを探して女に見せる。
「もっと、小さいの」と、女が言うので、
最終的に小さなシルバーの指輪になった。
店主が恨めしそうな顔でこちらを見ていた。

店を出て、女と交渉することになった。

「私は
 旅の商人ってとこかな。
 あんたは?」

先ほどラオウが買った箱の中身を物色しながら、
はよどみなくしゃべる。
口数が多いほうらしい。

「ラオウ」

「ラオウ?
 ふーん、あ、このカンパンの缶でいいや。
 水はこのボトル一つあれば」

はい、とがポリタンクを押し付けてきたので、
中身を尋ねる。

「え?
 ガソリンだけど、使わない?」

「今のところ使う予定は無い」

「あー…」と、は嘆息した。
ポケットの中を調べて、
先ほど店主に渡したのと同じくらいのシルバーの指輪を出した。

「計算が合わんが」

「さっきは買い叩いたの。
 ここで何か買わないと次の街までに飢え死にするところだったし、
 真っ当な金額で買わせていただきます」

面白い女だった。

「そうか、助かる」

「旅慣れて無い感じだもんね。
 夜盗なんかは怖くないでしょうけど、
 砂漠とか目をやられるからゴーグル買ったほうが良いよ?
 あと、足。
 あんたならさっきのもう一つの小さめの指輪で、
 バイクくらい買えると思う」

ははは、と笑いながらは水と缶をバイクに積み込んだ。
女が乗るにはオーバースペックかと思われる大きなバイクで、
スピードが出そうだ。

「気をつけろ」

「え、私?
 ありがとう。
 あなたもね、ラオウ」

ラオウは頷いて、と分かれた。
久しぶりに落ち着いて飯にありつけそうだった。

人の居ない廃ビルを探し、
その一部屋を勝手に借りて飯を食う。
日持ちしなさそうな物から順に手をつける。
水を飲んで一心地ついたので、すこし眠ることにした。

ごろりと横になって暫くした。

人の気配がしたのでまぶたを持ち上げると、
どうやらわさわさと部屋を人が取り囲んでいるらしかった。
ゆっくり眠ったので疲労は無いが、
寝起きの運動にしては軽すぎるようで辟易した。

「出て来い」

声をかけると、
ややあって一人が部屋の中に入ってきた。
にやにやと笑みを顔に貼り付けている。

「昼間の女を捕まえている。
 助けたいだろう?
 おとなしく捕まれよ、ヒヒヒ!」

別にどうでも良かったが、
一応昼間の礼に丁度よさそうか、と考え直した。
この周囲に居る人間を皆殺しにするのに数分とかからないが、
まあ、食料を割安で手に入れられたのだから良しとしよう。

ラオウがおとなしくつかまってやると、
下衆共はラオウを小突き回しながら別の廃ビルへ連行した。
腹立たしかったが、ここで切れては意味が無い。
我慢である。

部屋の中へ放り込まれると、
ラオウと同じように鎖で縛られたが倒れていた。
近寄って息を確認する。
問題ないようだ。

「貴様のせいでなあ、うちの商売上がったりなんだよ!」

一人がわめく。
の無事が確認できれば気にすることは何も無い。
ラオウは己を戒める鎖を引きちぎった。

「へ?」

「下衆共の相手に時間はかけぬ。
 すぐに終わらせてやろう」

そう教えて、ラオウは練った闘気を下衆に向けて放った。
呆気ないほど、すぐに全滅してしまった。
ため息をつきつつ、の鎖を引きちぎる。

部屋の中を物色していると、
昼間に購入した食料を誰かがこちらまで持ってきていたらしかった。
血が少しかかってしまったが、中身には問題ないだろう。
散らばったそれらを箱に戻す。
他に何か役立ちそうなものはないか探していると、
の荷物らしき鞄が見つかった。
それも箱に入れる。

のバイクは見つからなかったが、
目に付くほどの大きいバイクなので明日にでも見つけてやろう。
そう決めて、を肩に担いで先ほどの部屋に戻った。
辺りは血まみれで、お世辞にも良い景色ではなかった。

「おい、起きろ」

軽く頬を叩いてやると、は暫くぐずってから目を覚ました。
寝ていたのか、と呆れる。

「あ、ラオウ」

「緊張感が無い奴だな……」

「諦めが早いのよ」

ははは、と笑いながら起き上がる。
そして大きなあくびをした。

「ああ、これでも恩は感じる方なのよ?
 何かお礼ができたら良いんだけど。
 お金とか?」

恩を感じていなさそうな眠い目で、
は箱から鞄をひっぱりだした。

「うーん、でも、持ってる中で一番高価なのでも、
 昼間の太い指輪には届かないかも」

一人でしゃべりながら、頭を抱えている。
ふと、ラオウは彼女のような人間も今後必要だな、と思った。
自分では、まだ買い物も覚束ないし。

そう思い至って、笑ってしまった。

「え、何?
 こっちは真剣に悩んでるんですけど」

「物などいらん。
 暫く、お前の知恵を貸せ」

「知恵?
 期間は?」

「そうだな、お前に代わる人間が見つかるまで」

ラオウの言葉に、は暫し考えたようだった。

「条件がある」

「条件?」

「私、戦う力はほとんど無いのよ。
 あのバイクは逃げるための足。
 だから、私は戦わないし、自分の身を守れるかも分からない。
 それでもよければ」

何かを守る。
ラオウがそれを考えたことは一度も無い。
だが、信用できる程度に人が良い、
それなりに世慣れた人間が目の前に居る。
断る理由は無かった。

「良かろう」

「よろしく」

はよほど疲れていたのか、そのまま寝てしまった。
ラオウは一晩周囲を警戒してみたが、
敵の気配どころか、人の気配もまったくしなかった。