hero
カイオウはヒーローだった。
テレビの中で変身したり、
怪物をやっつけたりするような奴ではなく、
本物の英雄だった。
同じ年頃の仲間をまとめ、
その群れの中ではぐれる者が居ないように気を配った。
誰かがいじめられたとあれば一人でも立ち向かい、
負けることは無かった。
少し年下の子らはカイオウに憧れたし、
同じ年頃の仲間はカイオウの仲間であることを自慢したし、
年上の子らはカイオウの強さに一目置いていた。
ジュウケイに預けられていた
も、
例に漏れずカイオウに憧れた。
だから、彼の後をついて道場に入ろうとしたのだが、
その手前でジュウケイに止められた。
「なんでよ!?」
ジュウケイは苦りきった顔で
を見下ろした。
その隣でカイオウは苦笑し、
ヒョウは困った顔をした。
「お前が女だからだ」
ジュウケイは真面目に答えた。
「私だって、一緒に、北斗琉拳が習いたい!」
「だめだ」
ジュウケイは
の要望を頑なに拒絶し、
道場の扉を閉めてしまった。
はその外で暫く泣いて、
泣いたところで事態が全く好転しないことを再確認して、
ぐずぐずと鼻をすすりながら窓の隙間から道場の中を覗くことにした。
そんなことを数回繰り返して、
最初に折れたのはカイオウだった。
「
。
俺が教えてやるから、な?」
「いいの?」
「ああ、だが、師父には内緒だ」
「ヒョウは?」
「あいつは師父から言われた課題で忙しいからなあ……」
そう言って、カイオウは困ったような顔をした。
「カイオウは忙しくないの?」と
が尋ねると、
「俺に課題は無いからな」と笑ってくれた。
それから、遊びに行くと見せかけて秘密の特訓が始まった。
基本的な動きを教えてもらって、
はそれで満足だった。
昔は棒術を使う女性もいたらしいという話を聞いて、
カイオウは
の身長くらいある棒を用意してくれたりもした。
できるかどうかは別として一通りのことを教えてもらうと、
カイオウの強さがよく分かった。
技術的な問題もあるが、
がどんなに全力でぶつかっても全く動じない。
それは何も
に限った話ではなく、
ヒョウでも、後から道場につれられてきたハンでも同じことだった。
稽古の様子を盗み見る限り、
カイオウが最強で間違いなかった。
それはもう、素人の
が見ても明らかだった。
そう思ったからそのまま伝えると、
「褒めたって何も出ないぞ」と言いつつも頭を撫でてくれた。
もう一度言うが、カイオウはヒーローだった。
が捨て子だといじめられても、
拳を習い始めてゴリラ女だとはやし立てられても、
カイオウは
を救ってくれたし、
拳の道でも随分遠くを歩くスーパースターだった。
カイオウはその日、一人で見晴らしの良い高台に座っていた。
自分の家や道場が並ぶ集落が見える。
そして、あの忌まわしい対戦が行われたつり橋も見える。
思い出すだけで怒りがこみ上げてくるし、
涙があふれそうになる。
一体何をしたというのだろうか。
何故こんな仕打ちを受けねばならないのだろうか?
拳を習い始めて、初めて稽古をサボった。
何が楽しくて無駄な努力を続けられるというのだろうか。
どんなに頑張ろうとも、
どんなに才能があろうとも、
血の力に負けるのであればその頑張った時間は無駄というものである。
(何ゆえ母者は俺に拳を習わせたのだろうか……)
さっぱり分からない。
血筋に閉ざされている道に、わざわざ何故……?
そんなことを考えながらぼんやりしていると、
突然後ろから頭を殴られた。
一瞬ジュウケイかと思ったが、
彼であればそんな生ぬるい殴りかたなどするわけもなく、
では一体誰なのかと振り返ると、
そこには般若のような形相の
が立っていた。
「
?」
彼女はジュウケイがどこかから預けられた子どもで、
年はラオウと同じである。
カイオウにとっては可愛い妹のようなものであったが、
今はあまり見たくない顔でもあった。
「どうしてわざと負けるのよ!」
は思い切りカイオウの背中に蹴りを入れた。
バランスを崩すと、危うく崖から転げ落ちてしまう。
カイオウはその場で耐えて、立ち上がった。
「おい、
、落ち着け」
わざと、と何故知っている!
と言いかけたのをなんとか飲み込んだ。
そうしなければラオウとトキと、そしてまだ幼いサヤカが危ない。
「ヒョウにカイオウが負けるわけ無いじゃない。
何よあれ!?」
聞き取れたのはそれだけだった。
は本気で怒っているようだった。
そのあと泣き出して、
何を言っているのか分からなくなってしまった。
しゃくりあげる
の背中を撫でて、
水を飲ませて、
その役目になんとなく納得がいかなかった。
弟達を盾に敗北を強要されたのもカイオウであれば、
いましがた
に頭を殴られ、
背中を蹴られたのもカイオウであるというのに、
その加害者を慰めているという不条理。
それでも、感謝しなければならないなとも思った。
がわんわん泣いてくれるおかげで、
カイオウの涙は引っ込んでしまった。
それに、真相に気づいてくれる人間が一人でも居てくれて嬉しかった。
が落ち着くまで待ってから村に戻った。
途中で彼女は力尽きそうになったので、
カイオウが背負って下りる羽目になった。
しかし、そんなことは全然苦にならなかった。
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