花腐し
わずかな間を置いて織田軍は再び出陣した。
小競り合いを含めると、戦をしていない期間はほぼ無い。
信長が満足する規模の戦となると、
仕込みに時間がかかっていけない。
この戦の最中に光秀は
を殺すことに決めた。
戦の最中の行動に信長は口うるさく無い。
味方もろとも敵を切り捨てても何も言わない。
帰蝶や蘭丸が怪我をしたときも弱いのが悪いという態度であった。
だから、
が死んだとしても何も言わないだろう。
大きな戦とあって、信長は愉快そうに笑いながら突き進んだ。
副官は勝家である。
そうなるよう仕向けた。
光秀は
とともに周囲の拠点を落としたり、
残党を狩ったり、そういう役割を担っている。
(適当なところで死んでもらいましょう)
乱戦になりそうな場所を巡る。
そこでもろとも皆殺しに。
そう決めていた。
光秀は鎌を振り下ろしながら着地した。
その衝撃で地面に縫いとめられた敵を踏み越えながら進む。
その横で、
の銃が吼えた。
振り返ると、
が走ってゆくのが見えた。
銃を連射しながら。
適当に撃っている訳ではないらしく、敵が次々に倒れていく。
「……おや?」
光秀は予想外の状況に手を止めた。
は敵の中に突っ込み、
攻撃をかわし、流れるような動作で相手の眉間や顎を打ち抜き、
素早く次の攻撃に移る。
その表情には喜色さえある。
敵の頭を吹き飛ばしながら突き進むことに楽しみを見出し、
そして笑みを浮かべるだけの性質が。
彼女の中に芽生えた狂気がこれほど見事に開花するとは。
敵の殲滅を終えたところで声をかけた。
血しぶきにまみれた
は、それを気にする様子は無い。
「どうかされましたか?」
声音も普通である。
「いえ……お怪我はありませんか?」
「はい、返り血は浴びておりますが」
表情も普段どおりである。
敵への同情の類は見られない。
「随分景気良く殺し尽くしてくれましたね」
「そうでしょうか?」
次に向かう準備を整えながら、先をにらみつけている。
戦場の光秀を見て、人は「狂っている」と言う。
の戦い方もまた、
光秀と同じように「狂っている」と呼ぶに相応しいように思われた。
だからだろうか。
殺す気が失せた。
彼女は十分な狂気を見せてくれた。
ぎこちなく銃を操っていた当初とは異なり、
相手に死だけでなく恐怖を同時に与える戦い方である。
生への執着が彼女を駆り立て、
生き残る喜びを噛み締めながら敵を屠る。
濃姫には狂気が無かった。
蘭丸には足りなかった。
彼女ならば、信長の傍に侍り、
共に戦い、血の川を作り、
恐怖をばら撒く助けとなる存在になるだろう。
「……参りましょうか、信長公がお待ちでしょう」
他の生ぬるい女がその座に就くことを思えば、よほどマシだ。
光秀はつい笑みを浮かべていたらしく、
は怪訝な顔で「はい」と返事をした。
合流地点にはすでに信長の姿は無く、
急いで敵本陣に向かったものの戦闘は既に終わっていた。
信長は床机に腰掛け、
と光秀を見て舌打ちをした。
「遅いわ!」
「申し訳ありません、信長公」
光秀はすらすらとそう述べて、
勝家に後処理の指示を出した。
最近感じていた粘りつくような視線は、今は無い。
戦場に出て、感覚が麻痺しているのだろうか。
は光秀の様子を観察してみたが、
殺気に満ちた視線が無いこと以外におかしいところはない。
「
」
信長が呼ぶ。
その声にそれまでの悩みは頭から飛んだ。
「はい」
「褒美ぞ」
信長はぽい、と包みを投げて寄越した。
はそれを受け取り、開いた。
「ありがとうございます」
は笑みを浮かべた。
褒められたことが単純に嬉しい。
たとえそれが戦場のど真ん中で、
死体に囲まれた場所で、
血の臭いの立ち込める中で、
自分も血まみれであったとしても。
信長はこんぺいとうを食べている
と並んで、
次の戦のことを考えていた。
副将は勝家よりも
の方が面白い。
中・長距離の乱射と、回避からの防御不能な近接攻撃。
絶望の表情を浮かべる敵を殺す様の、なんと愉快なことか。
戦に楽しみが一つ増えた。
次の戦までまた暫くときが空くだろう。
濃とは違い、
には慈悲というものがあまり無い。
恐怖と混沌の世界の供にどちらが適任であるかは明白である。
それまでの間は
の狂気と混沌がどろりと溶け、
愉悦に混じるる様を眺めても良い。
恐怖が見えぬ様が愛い。
手放すには惜しい女だ。
光秀は何やら企んでいたようだったが、頓挫したらしい。
それでも上機嫌である。
そいうときに持ってくる戦の話は、大抵愉快なものだ。
次もきっと愉快な戦になるだろう。
そんなことを考えながら、
信長は利用価値の無い城に火をかけることを命じた。
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