お祭り騒ぎ


目が覚めると、そこは見慣れない広い部屋だった。
そのど真ん中に布団が引かれ、居心地の悪いことこの上ない。
その上酒も残っているのか、頭が痛い。

結局あの晩、は立ち上がることができず、
代役でマリアが結果発表をして祭はお開きになった。
最後の記憶は、大変不本意ながら久秀に介抱されていたように思う。
食べたものを吐き出したりするような事態に陥らなくて良かった。
一応昨晩お借りした大層高価な服のままなので、
取り返しのつかない事態に発展したわけではなさそうだ。

起き上がり、頭痛に顔を顰めていると、
見知った顔の同僚が手桶を抱えて部屋に入ってきた。

「大丈夫なの?」

その笑いを含んだ顔に安堵する。

「ちょっと二日酔いかなあ」

「休んでて良いって。
 水差しもそこにあるから、とりあえず飲んで」

は勧められるままに水を飲んで、再び横になった。
目を瞑っても脳みそがぐわんぐわんと揺れている。

お言葉に甘えて昼までごろごろしていたが、
やはり部屋が広すぎて落ち着かない。
同僚が居るということは、ここは二条城のどこかなのだろうか。
俄かに廊下が騒がしくなったのを機に、は体を起した。

(頑張れ私の脳みそ。
 何が起こったのか思い出すのだ!)

が頭を抱えていると、
部屋の外から「休んでおりますが」という同僚の声が聞こえた。
誰かこちらへ向かっているのだろうか。
しかめっ面のままが顔を上げたところで、
障子が開いて義輝が入ってきた。

「やはり起きていたではないか。
 どうだ、調子は」

ずんずん歩いて、の布団の脇にどっかりと座る。

「ええ、随分マシになりました。
 ご迷惑をおかけしました」

「気にすることは無い」と義輝は笑みを浮かべたが、
移動する気配は無い。

「あの、何か?」

「久秀の忍が拐かしにくるかと思ったが、
 そうでもなかったので肩透かしを食らったところだ」

「か、かど……!?」

が目を白黒させていると、更に笑った。

「覚えておらぬか?
 昨晩はが酒を飲んで目を回していたから、
 締めの司会は急遽マリアに代理を頼んだのだ。
 その間に久秀が見苦しいとを抱え上げて出て行こうとするから、
 これはきっと面白いことになるのではとマリアが言うから」

「賭けてらしたのですか」

「うむ。
 日が高くなるまで待ったのだから確かだ。
 次の宴はすばらしい舞が見れるぞ」

何も無い方に賭けてくれたのは嬉しい限りだが、
面白い事態の可能性を含んでを一人広い部屋に置いたのかと思うと、
それはそれでどうかと思われる。

「……それは、見ものでございますね」

まあ、にはもう関係の無い話である。
この大賭博大会の司会に抜擢されたであったが、
祭も終わればその役目も終わる。

「楽しみにしておくと良い」

義輝はうんうん、と頷きながら言う。
楽しみにするも何も、
が怪訝な顔で見返していることに気が付いたのか、
じ、と目をのぞきこまれた。

「心配せずとも舞を見る席は用意してあるぞ?
 余はを近侍の一人に任命する」

義輝の近侍?
何の冗談なのだろうか。

「いやぁ……」

そうとしか言葉が出なかった。
そこで義輝は何かに気がついたようだった。

「ああ、他の者のように戦に出て働けとも言わぬ。
 久秀は本人ではなく風魔と、武田の……猿飛だったかな?
 熱き戦いが見れそうではないか。
 にはとりあえず、二人を誘惑してもらってだな……」

「いやいや、猿飛さんは単に警戒されていただけじゃないんですか?
 片倉様も分かりやすく警戒されておりましたし……
 松永様も酔っ払いが本当に見苦しいと思っておられただけでしょう。
 上様の御前で酔っ払う私が悪いというか……」

「どうしても断ると申すか」

「断るというか……」

無理だろう。
よく考えてもらいたい。
あの松永久秀に色仕掛けができそうな人間がどこに居るだろうか。
猿飛佐助の方は駆け引きに出る前に決着しそうで怖い。
ここはどうにか返答を濁して乗り切りたい。

「将軍の命である」

「うわー、酷い」

つい、本音が漏れた。
あれだ。
まだ酒が残っているんだ。

「必要があればマリアが相談に乗ってくれるそうだ。
 か弱き朋よ、余と共に百戦錬磨の忍の戦いを観戦しようではないか」

そう言って右手を差し出された。
義輝の言葉は、いつだってまっすぐである。
まっすぐで、そして強い。
というか、自分の道理を押し付ける以外の道を知らないんじゃなかろうか。

「あの、この手は」

「握手という。
 海の向こうの国の挨拶の一つであるらしい。
 右手を」

言われるままに右手を差し出すと、
義輝はがし、とその手を掴んだ。

「よろしく頼むぞ、朋よ」

いつのまにか受けた事になっている。
義輝はいつもの自信に塗れた笑みを浮かべている。

先ほど本人が口走ったように、将軍直々の命令である。
断れるわけが無い。
しかし、中身が中身である。
断る以外の選択肢を選びたくは無い。

義輝は笑みを浮かべながら、手をぶんぶんと上下に揺らした。
その手の力から、楽しみにしている度合いが伝わってくるようである。

くじ引きを引いた時点から考えると、
給料なんかは格段に良くなっている。
待遇改善ありがとうございますとでも言いたいくらいである。

しかし、それ以外の環境は劣悪である。
頓狂な将軍のお傍に仕えなければならない上、
命じられているのは得体の知れない男松永久秀と、
武田の明らかに裏の顔がある忍猿飛佐助の誘惑である。
難易度が高すぎる。

不運どころの話ではない。
応とも否とも答えられず、は微妙な笑みを浮かべた。