箱庭の姫君


すっかり慣れてしまった離れで、はぼんやりと座っていた。
今までを慰めてくれるように花を咲かせていた庭の草木は、
すっかり冬支度を済ませてしまったらしくそっけない。
もう戸を開け放しておくには寒い季節になってしまった。

そっけない庭の代わりにと、庭の外の木々が色付いているのが見える。
赤や黄色に、山がを非難するように燃えている。

ぼんやりしていると、ふと元親のことを思い出してしまう。
可哀想な、元親。
にさえ関わらなければ、
きっともっと長く生きていただろうに。

それでも、と私はいつもそこで元親を否定する。
私は元就様のお傍で生きる事を決めたのだし、
私が思う“幸せ”を追求する事は誰にだって阻むことはできない。

最近、元就様はよく城を空けていらっしゃる。
何やら戦が続いている様子だが、私の耳には何も入ってこない。
ただ、元就様が早く、元気な姿でお戻りになる事を願うばかりだ。

「姫様、元就様がおいでになるそうです」

襖の向こうで、少し声が震えた。

「分かりました」

私はそう短く返事した。
元就様がいらっしゃる事は私にとって喜ばしい事でも、
私の周りにいる女中にはそうでも無い様子である。

暫く待っていると、静かに襖が開いて元就様が這入っていらした。
疲れていらっしゃるのか、眉間に細い皺が刻まれている。

「お久しゅうございます」

「久しい、と言う程来ていなかったか」

「待ち遠しかっただけでございます」

そう言うと、元就様は少しだけお笑いになった。

「何ぞ不足はあるか」

「いいえ、充分すぎる程でございます」

「…そうか」

元就様はすぐ傍に腰を下ろされた。
端正な横顔につい、視線を止めてしまう。
それにお気づきになり、元就様が此方を向いた。
硝子球のような、感情が分からない目が私の目を覗き込む。

「…何ぞ、我の顔に付いておるか」

「いえ」

私は微笑んで、首を傾げた。
元就様はそれ以上追及されず、庭に視線を寄越した。
私も再び視線を景色に戻した。
今度は、燃えるような山々が少しだけ、
少しだけ許してくれているような気がした。
何のことは無い。
ただ、元就様の機嫌がよろしくない事の方が哀しいだけだ。

そうだ、と思いなおして私は静寂を破った。

「先ほどの言を取りやめとうございます」

そう切り出すと、元就様は訝しげな視線をこちらに寄越した。

「どの言だ」

「不足はございます」

私はそこで言葉を切って、元就様の方へ向き直る。
深い緑色の着物が、元就様の肌の白さを際立たせている。
元就様は首を傾げられた。

「何事ぞ、申してみよ」

「我儘だとは存じておりますが…」

「はっきりと申せ」

元就様はが眉間の皺を深くした。
不機嫌な表情をされても、整っている。

「もう少し、お会いしとうございます。
 一人きりでここに居るのは寂しゅうございます」

恐る恐る顔色を伺うと、元就様は少し驚いていらした。
元就様のそういうお顔を伺うのは珍しいことなので、
逆に私が驚いてしまった。
それと同時に、
元就様を驚かせられたのが少しだけ嬉しい。

「考えておく」

元就様は景色に視線を移してしまわれた。
少しだけ、表情が優しげになったような、そんな気がした。

「もう暫くすれば、新たな国が出来る。
 それまで待て」

「待っておりますれば、
 元就様がお帰りになるのですか?」

「今ほど不自由はさせぬ」

「では、待ちまする」

元就様は何も仰らなかった。
それでも充分な気がしたので、私も何も言わなかった。

いつも冷たいお顔でいらっしゃるけれども、
行動やお言葉の端々に優しさが感じられる。
他の誰もが元就様を怖れていても、
私はそう怖れないでいたい、と思う。

ずっとお傍に居る、と決めたのだから。

「お待ち申し上げておりまする」

の言葉は空気に溶けて、霧散した。
それで、充分な気がした。