姫若子の宝物
弥三郎は泣いていた。
理由は忘れた。
ただ、泣いていたことは覚えている。
「そう泣いていたら、立派な武士になれないぞ」
呆れた、とでも言わんばかりに、溜息をつきながら乳母の娘は言った。
弥三郎は彼女に憧れていた。
その頃の弥三郎は外に出ることなく、女の子のように白かった。
反対に、娘は快活な少女で、ちゃんばらや木登りなど、
男の子の多くが好む遊びが大好きなようだった。
同じ歳の弥三郎と並ぶとどちらがどちらか判らぬと乳母に笑われた。
「武士なんか嫌だ、なりたくないよ」
「なら弥三郎が女になれば良い。
私が代わりを見事に務めてやろう」
けらけら、と娘は笑った。
その言い方があまりに馬鹿にする響きだったので、悲しくなった。
「戦場になんか行きたくない」
そう言うと娘はまた笑った。
「なら、私が見て来る。
女の私が大丈夫なら、弥三郎も大丈夫だろう?」
違う、と言うなという目で睨まれたので、頷いた。
「よし、私が見てきてやる。
内緒だから、ね」
娘がにっこりと優しく笑った。
そこでやっと、ほっと溜息をついた。
彼女のどんな顔よりもその笑顔が好きだ。
「指きり」
「うん」
指きりをして約束をした。
針を千本も飲まされる約束なんて、最初に誰が考えたのだろう?
「内緒にしてくれたら、雛遊びだって付き合ってあげる」
「ありがとう」
弥三郎も微笑んだ。
「ほら、出してきなよ」
「うん、ちょっと待ってて!」
弥三郎は弾かれたように立ち上がり、雛人形を取りに走った。
娘の気が変わる前に戻らなければ。
雛を取って戻ると、娘は庭の木の上に居た。
遠くを眺めている。
その顔はどこか大人びていて、声をかけることができなかった。
「弥三郎もおいでよ」
「無理だよ、雛遊びしてくれるって言ったじゃないか」
「そうだね、降りるよ」
ひらり、と娘が宙を舞った。
弥三郎は息を呑んだ。
猫のように軽い身のこなしで娘は着地した。
「危ないよ」
「あんまり待たせると、また弥三郎が泣くだろう?」
そう言って娘はまた笑った。
随分懐かしい夢を見たものだ。
元親は薄っすらと目蓋を持ち上げた。
その頃にはあった左目は、今はもうなくなってしまった。
それが元親に流れた歳月の跡だ。
目を瞑って寝返りを打つ。
そういえば、その数日後に娘は姿を消した。
それ以来消息は知らない。
どこかで野垂れ死んでしまったのだろう。
あるいはどこかの置屋で女郎でもしているかもしれない。
ああ、娘だからといってもあのお転婆は無理か。
名前は何といったろうか。
思い出せない。
思い出せないことが気持ち悪い。
暫く寝返りを打ったりしながら必死に記憶を探る。
だ。
そうだ、そうだ、思い出した。
思い出したら、また睡魔が襲ってきた。
抗う理由も無いので、元親はまた眠った。
、
。
今はどうしているのだろう。
息災だろうか?
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