ゲーム


「それ、何のゲームですか」

がボタンを連打していると、弥鱈立会人が話しかけてきた。
ソファの後ろから、ごしに画面を覗いている。
場所は賭郎の事務所の休憩スペースで、
休憩している者は他にいない。
喫煙者は喫煙ルームに追いやられているおかげで、
最近はここで人に出くわすことが随分少なくなった。

「ちょっと後で」

休憩時間は有限なのだ。
そして、あと少しでクリアなのだ。

「何ですか、教えてくださいよ」

「あ、あああああっ!!」

画面には無情にも「GAME OVER」の文字が表示されている。
何ということはない。
後少しでクリアの所で弥鱈が話しかけてくるからだ。

「やめてくださいよ!
 いっつも邪魔して!!」

「良いじゃないですか」

「良くありません!」

「休憩中悪い、出るぞー」

慌てた様子の黒服が廊下を駆けてくる。
同じ門倉付きの黒服である。

「はーい」

はため息をついて端末の電源をオフにし、ケースに戻す。

「早くしろー」

「戻しておきましょうか」

視線は完全に端末に釘付けになりながら弥鱈が言う。
絶対に遊ぶつもりにしているので断りたいが、仕事がを呼んでいる。

「……デスクの右の一番上の引き出しにお願いします」

が言うと弥鱈は殊勝に頷いて見せた。

ー!」

「今いきます!」

少しくらい進められても、今回は諦めよう。
はそう自分に言い聞かせ、断腸の思いでその場を後にしたのだった。





立会いが予想よりも長引き、帰りの道でも渋滞に捕まり、
事務所に戻ったときには随分時間が経過していた。
不憫だからと門倉立会人のおごりで飲みに行くという話になったが、
はそれよりも先に確認しなければならないことがあった。

自分のデスクに戻ると、当然のように弥鱈が座っていた。
に気づき、顔をあげる。
顔はあげようという気概はあるのに視線は合わせない。

「中々面白かったですよ」

「まさか」

充電が途中で切れたらしく、
こっそり引き出しに入れてあったコードを出してつないである。
そして画面を流れるスタッフロール。

「……全面クリアですか」

「アクションゲームは短時間クリアができるので」

「またですか」

「そんなに怒らないでくださいよ。
 お詫びにご飯でもおごりましょう。
 裏技も伝授します」

弥鱈は知っている。
がそれほどゲームが上手ではないことを。
そして、自力でクリアするにはかなりの時間を要することも。

早くしろー、置いて――…って、またか。
 じゃーな、楽しんでこいよ!」

ぞろぞろと仲間達が帰り支度を済ませて出て行く。

残念なことに、
弥鱈にゲームを横取りされて先を越されたことは今回が初めてではない。
毎回その後のレクチャーについていってしまうので、
皆の反応はかなりあっさりしたものだった。

「え、ちょっと、置いていかないで……!」

仲間の飲み会に出たくない訳ではない。
今回はゲームよりも飲み会にと思ったが、
最後の一人が笑いながらの鼻先でドアを閉めた。
振り返ると弥鱈がのカバンを持って突っ立っていた。

「充電が終わるまでにさっさと食事を済ませましょう」

「……牛丼とか言いませんよね?」

「お詫びですからね、合わせます」

「門倉立会人の飲み会蹴らせたんですから、焼肉で。
 高い肉でお願いします」

「焼肉ですか……」

目に見えてがっかりした顔をする弥鱈である。

「文句あるんですか、合わせてくれるんですよね?
 っていうか、ゲームくらい自分で買ってくださいよ!
 私よりよっぽど高給取りなのに!」

「人がやってるのを見ると興味が出てくるんですよね。
 だからお詫びって言ってるじゃないですか」

そう言いながらスマホで店を検索している。

「とにかく高いところで」

「嫌がらせですか」

「その通りですよ!」

「下からもパワハラできるってご存知ですか?」

「今回のはパワハラじゃなくて、自業自得だと思いませんか?」

 が睨みつけると、弥鱈は意に介した様子もなく「この店でいいです

か」とスマホの画面を見せてきたのだった。





がおらん」

門倉は黒服の中にの顔が無いことに気がついた。

「また弥鱈立会人にゲームで先を越されたみたいで」

一人がにやにやと笑いながら言う。
黒服の話を総合すると、どうやら毎回弥鱈はのゲームを横取りし、
攻略サイトに目を通してから一気に話を進めてしまうらしい。
今回は更に完全クリアを達成したのだという。

「デートの口実が斜め上過ぎると思います」

は気ぃついとんのか」

「前に本気の調子で愚痴られましたけど」

一瞬に同情しかけた門倉だったが、すぐにひっこめた。
どっちもどっちである。

「置いていくか」

「良いと思います」

そういうことで、満場一致でを見捨てることに決定したのだった。

二軒目にハシゴするというタイミングで、
高級焼肉店から出てくる二人が発見された。
弥鱈は随分張り込んだらしい。

は何事か言いながら横から弥鱈を拳で殴りまくっている。
横から肉でも取られたのだろうか。
弥鱈の方は全く意に介さずスマホを操作し、
それをに見せている。

(死ぬまでやっとれ)

門倉はそう思ったが、笑えない冗談だと思い直し、口に出すのを止めた。