釣り日和
シュウはぼんやりと釣り糸を垂れていた。
隣ではシバが同じように釣竿を握り、真剣に浮きを睨みつけている。
目の前には生き物が居るのか居ないのか、
はっきりとしない静かな貯水池がある。
(親子らしいとは、こういうことなのだろうか……?)
先ほどから自問しているが、答えは見つからない。
は少し離れたところで座り、うとうととしている。
幾分改善されたものの、
三人で暮らし始めてからも
は昼間眠そうにしている。
シバと
の初顔合わせのとき、
は非常に緊張していた。
顔は青を通り越して土気色をしていたし、
ひんやりと冷たい手に汗をかいていた。
シバの方はシバの方で緊張している様子である。
が足音をさせないことに気づいたようだが、
本人からの説明が無いので尋ねることが出来ないようで、
お互いに探り探り会話をしているように見える。
反聖帝軍を立ち上げてみたものの部下の多くは元からの部下であり、
「たまには家族水入らずで楽しんできてくださいよ」と、
レイを中心に半ば無理矢理休みをくれるのでそれに甘えている。
とはいえ休日に家族ですることなどよく分からないので、
釣りをしてみようと思い立ったという訳である。
核戦争以後、人間ですら水に事欠く生活をしている。
水が豊富であればそれを目当てに戦闘が起こる始末である。
この貯水池も、シュウの部下の畑に引くために作られたものである。
ここに魚を飼っているのかどうか先に確認すればよかったか、
と後悔してみたがもう遅い。
「父さん、
さんはお疲れなのですか?」
不意にシバが言った言葉の意味を複数考えて慌てたが、
おそらく他意無く眠そうな
を心配しているのだろうと思い直した。
「……そうでも無いと思うが。
少し様子を見てこよう。
こちらの竿も、任せて良いかな?」
「任せてください。
でも、何かかかったら手伝ってくださいね?」
「勿論だ」と頭を撫でてやると、
シバは恥ずかしそうに「えへへ」と笑った。
シュウが
の方へ近寄ると、
途中でどうやら気配に気づかれたらしい。
「何か釣れましたか?」と言いながら、水の用意を始めた。
「いや、まだ何も。
シバが
のことを心配してくれていたから、
様子を見に来たのだ」
「……うとうとしてましたけど、大丈夫ですよ」
「ほう?」
シュウは
の隣に並んで座った。
目が見えれば彼女の具合をはかることもできただろうけれども、
今のシュウにはその気配を通じて彼女の心を推測するくらいしかできない。
「釣りはつまらなかったかな」
「そんなことはありません。
天気も良くて、一緒に来られて楽しいです。
生きてる魚を触る勇気は無いですけれど……」
最後は消え入りそうな大きさの声になってしまったので、
シュウは少し笑った。
「別に怖くは無い。
サウザーに立ち向かおうとする方がよっぽどだと思うが」
「……魚に恨みはありませんし」
そこで
が水の入ったカップを渡してくれたので、
シュウはありがたく頂いた。
「シバは本当に楽しそうなのかな?」
「それはもう。
いつもよりニコニコしてますし、
今も二刀流で真剣に釣り糸を見てますよ」
「それならば良かった」
の声は優しく、
シバの背中を幸せな気持ちで眺めているのだと思われる。
それを確かめたくて、
シュウは
の顔があるだろうと思われる辺りに手を伸ばした。
途中で
が手を添えてくれて、間違うことなく頬に触れる。
「どうしたんですか」と
がくすくすと笑う。
「
は幸せなのか?」
「幸せですよ」
の細い指がシュウの頬に触れ、
誘導されるように顔を近づけ、触れるくらいの軽いキスをした。
「おすそ分けできました?」
がくすくすと笑う。
できればもっと、と言いたいところだったが、
「父さん!」とシバが必死な声を上げた。
魚がかかったらしい。
何やら計っていたのではないかと思われるほどのタイミングである。
「……シバを助けてやらねばな」
「いってらっしゃい」
名残惜しく感じつつ、シュウは立ち上がった。
時間が惜しい。
シバとも、
とも一緒にいたい。
「……次は
も一緒にできることにしよう」
「私もですか?」
驚いたような、戸惑うような、そんな声で返事が来る。
「私も考えてみるが、
も何か考えておいて欲しい。
勿論シバにも頼んでおかねばな。
宿題だ」
「わかりましたから、
早くシバ君を助けに行ってあげてください」
が笑いながら言う。
そうだ。
早く行ってやらねば。
シュウは小走りにシバの方へ向かいながら、
からおすそ分けなど貰わずとも十分幸せなのに、と思った。
貰えたおかげでもっと幸せな訳であるが。
「引きが強くて……!」
シバは必死で引いているらしく、苦しそうに言った。
シュウはシバを抱きかかえるようにして一緒に釣竿を掴んだ。
大物らしく、随分引きが強い。
それから数分格闘して、ようやく一匹釣り上げた。
「大物ですね」
と、突然
の声が背後からして驚いたが、
シバは「ありがとうございます」と返事をした。
いつになく自然な会話なので、シュウは黙ってそれを聞いていた。
がクーラーの用意をしている間に、
どうやらもう一方の竿にもヒットしたらしい。
「父さん、こっちもかかってます!」とシバが叫ぶので、
シュウもそちらに一緒に取り掛かった。
それから、3匹ほど釣り上げて帰途に着いた。
が魚をさばけないというのは事前に聞いていたので、
得意な人間に声をかけている。
とシバは会話する良いきっかけになったようで、
二人とも随分打ち解けた。
「魚、僕もさばけるかなあ?」とシバが言って、
「頑張ればできるよ」と
が後押ししている。
一日二人と一緒にいられて、
二人が仲良くなって、
これ以上充実した一日は無い。
シュウは笑みを浮かべながら、二人の後ろを歩いた。
戻