bitter
道場破りを返り討ちにし、
サウザーは勝利を祝うささやかな宴を張った。
シュウはその宴に、少し苦い気持ちで出席していた。
勝利を祝う気持ちはある。
しかし、
その始末のつけかたに対しては賛同できない気持ちが強い。
心の中に、滓のようなものが溜まる。
指導を受けにくる者には必要なアドバイスを与え、
宴の運営側には指示を出し、
自分も食事と適度に酒を飲みながら、
盛り上がる同輩達を眺めている。
彼らはサウザーの打ち出した方向性に賛同しているのだろう。
そう思うとやるせない。
やりすぎではないかと諫言を試みたが、徒労に終わった。
六聖拳の一角を成す、
白鷺拳の伝承者とは名ばかりである。
シュウにはサウザーを止めるだけの力も、権力も無い。
「お隣、良いですか?」
珍しい声に、シュウは顔を上げた。
「
か、勿論だ」
は「ありがとうございます」と言って、
シュウの隣に座った。
勝利を祝っているらしい心持ではないらしく、
どんよりと沈んだ気配である。
「勝利したというのに、随分沈んでいるな?」
シュウが言うと、
は自嘲気味に笑った。
「あれが勝利ですか?」
「そう言うな」
「シュウ様、顔に出てますよ」
言われて、反射的に顔に触れた。
触れたところで表情は変わらないのだが。
「出ていたか」
「ええ、お祝いしていない人の顔でした」
「おかしいな。
誰からも指摘されなかったが」
両手で顔をこすって、もう一度笑みを作る。
「いつものシュウ様の顔ですね。
何を考えているのか分かりません」
は少し笑って、ぐびりと喉を鳴らしてグラスを空けた。
からり、と氷が鳴る。
「代わりは?」
「いりません。
実は、ボトルごと持っているので」
「いりますか?」と問われたので、
シュウはおとなしく注いでもらうことにした。
中身を尋ねるのを失念してしまったが、
口に入れてみると、りんごの香りがする甘い酒だった。
彼女はどこの流派に属していただろうか、
とシュウは記憶の中をひっくり返してみた。
が、伝承者の名前は覚えていても、
それ以上の人間の名前は覚え切れていない。
自体にはよく会う。
最近道場破りが多いせいで、
頭数をそろえるために人を寄せ集めるせいである。
「サウザー様は、
今後もこの方針を変えるつもりは無いのでしょうか?」
甘い酒が苦くなる。
「そうだな……それは無いだろう」
自然と声が小さくなる。
まるでお通夜である。
戦闘の後の興奮で、宴の場は盛り上がっている。
その中でシュウと
だけが切り離された空間に居るようだ。
自分には今の軌道を変えることが出来ない。
サウザーはユダを味方につけている。
シュウは親友のレイと共に暴走を抑えているが、
どうにも止め切れていない。
態度を明確にしないシンがこちらについてくれれば、
もう少し状況も変わるのだろうが。
「もし……
もし仮に、の話ですが……」
が言いにくそうに辺りをはばかる。
この盛り上がりの中で、
大声で叫ばない限り誰にも届くことは無いはずだが。
「シュウ様が離反されるときは、
私も付いていきますから」
そうだ、
は鳳凰拳の下についている流派の門徒だった。
頻繁に顔を合わせるので、
すっかり曖昧に記憶していたらしい。
「……そんなことはしない。
南斗の分裂は避けねばならない」
存外に強い口調になってしまった。
はくすり、と小さく苦笑する。
「そう仰ると思っていたんですけどね」
「今のところ、一番重要な役目だからな」
「でもシュウ様、
まるで自分に言い聞かせてるみたい」
そう言われて、返す言葉が見つからなかった。
ぐびりとグラスの酒を飲み干す。
甘いはずの酒が果てしなく苦い。
「そんな顔しないでくださいよ。
まるで私が意地悪してるみたいじゃないですか」
「む……」
顔に触れるまでもない。
眉間に皺が寄っている。
「嫌ですね、そんな真剣に受け取らないでください。
お酒の席ですよ」
けらけらと
が笑う。
「……そうか、そうだな。
すまない、どうも疲れているようだ」
「ええ、ゆっくりお休みになってください。
でも、シュウ様についていきたいのは冗談じゃないですよ?
だって、男前なんですもん」
それでは、と
は席を離れた。
シュウは次の誰かが来る前に、
その場を離れた。
『まるで自分に言い聞かせてるみたい』
指摘されると、ぐうの音も出ない。
そうだ。
自分に言い聞かせているのだ。
と交わした言葉が全て、ぐるぐると頭の中で回る。
悪酔いしたような気持ち悪さである。
「シュウ様、顔色が悪いようですが?」
近くに居た人間が、驚いたような声で言う。
「すまない、どうも最近体調が優れなくてな。
悪いがここで抜けさせてもらう」
「わかりました、お大事に」
そう、疲れているのだ。
だって肯定していたではないか。
シュウは宴の場を離れながら、
離反について考えていた。
言葉でいさめることは不可能であるならば、
微力であっても力で異を唱えるしかないのではないか、と。
それは、自ら今の自分を否定する行為である。
勝利の美酒も、
志を同じくする友の言葉も、
全てが苦い。
シュウはその苦さを噛み締めながら、
ゆっくりと歩いた。
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