dressmaker


は目の前のよくできた人形を眺めた。
最高の職人に、最高の材料を与え、
最高の仕上がりを求めた人形だった。

本物の人間のような、ほんのりと朱を帯びた陶器の肌。
潤んだ瞳のような、ガラス球の目。
幾人もの女性の中から最も美しい髪を選び、
献上させた艶やかな髪。
どれをとっても非の打ち所がなかった。

元の女性はどれほど美しい人だったのだろうか。

いくら眺めていても飽きない。
ドレスのデザインが次々と思い浮かんでくる。
柔らかな色味が似合うかと思っていたが、
はっきりとした色のドレスもまた、似合うかもしれない。
ああ、でもやっぱりこの柔和な雰囲気を壊したくない。

思いつくままの思索に耽っていたので、
背後に人が立ったことも、
その人がを暫く見下ろしていたことにも気がつかなかった。

次は薄布を重ねた、
複雑な色合いのドレスを提案してみよう。
胸元にコサージュを置き、肩を出す。
腰には太めのリボンをあしらおう。

よし、とは心に決めた。
と、その瞬間に後ろから忍び笑いが聞こえた。

振り返ると、シンが立っていた。

「あ、えーっと……すみません。
 見惚れてました」

正直に言うと、シンは耐えられないのか声を上げて笑った。

「お前にもこの人形が美しく見えるか?」

シンは階段を上り、玉座の隣にすえられた人形に触れた。
まるで恋人に触れるかのようにそっと、頬を撫でた。

「ええ、とっても」

「……そうだ、ただ、美しい」

シンの声は悲しげだったが、
顔は怒りに満ちていた。
あまりに不穏な空気だったので、
は慌てて話を変えた。

「そうそう、シン様。
 次の衣装をそろそろ用意する時期ですよね?」

今思いついた、ドレスの説明をする。

「何色が良いですかね?
 ここは薄紅色とかが良いかと思うんですけども」

「いや……紫だな。
 濃い紫にしろ」

意見が割れた。

「確かにシン様には白と紫はよくお似合いです。
 ですが、こちらの……えーと、お人形さんには、
 優しいお色の方がよろしいのではないでしょうか?」

シンは眉間に皺を寄せた。
怒らせたかな、と少し思ったが、
いつものことなのではシンの答えを待つ。

「なぜそう思う?」

「ええと、やっぱりお顔ですかね?
 優しそうな顔をされておられますし」

は再び人形の顔を見た。
人形なのでもちろん無表情なのだが、
冷たい印象はあまり無い。

「顔か……」

シンはまじまじと人形を眺めた。
あれだけ金をかけて作らせておきながら、
彼がしげしげと眺めるところはあまり見たことが無い。

「ああ、でも、紫もよさそうですね。
 青から赤に布を重ねて、
 紫色に見えるようにしてみましょうか?」



「任せる。
 お前の見立てであれば、
 ユリアに近づいて見える」



シンはそう言って、しまった、と思った。
の顔を見てみたが、
平素と変わらずぼんやりしているようにしか見えない。

「ユリア様という方がモデルなんですね。
 さぞやお美しい方だったのでしょう」

にへら、と緊張感の無い笑みを浮かべて言う。

「このお人形さんに表情があったらなあ、
 って何度か思ったんです。
 お会いしたかったなあ」

そういえば、を招いたのはユリアの人形ができてからだ。
ユリアが居たころは、
ユリアがほしいだろうと思われる物を腐心して用意していた。

今は、人形でしかない。
がドレスのデザインを提案し、
意見があれば口を挟み、作らせたものを着せる。
ユリアのために用意した宝石類はたくさんあったし、
合う物を適当に選ばせた。

が作るドレスは、どれも見事だった。
人形の肌が、ほのかに色づいたように見える。
まるで本物のユリアがそこにいるかのように。
しかし、本物のユリアがそうだったように、
人形のガラス球の目はシンを見ることは無い。

ぼんやりしているうちに、
は持っていた手帳になにやら絵を描いていた。
さかさか、と鉛筆が紙をすべる音がする。

「何をしている?」

「今ご説明したドレスのデザインを忘れる前に。
 いやー、これはきっと似合うだろうな!」

はにやにやと笑っている。
それなりに整った見た目をしているのに、
表情や動きがいちいち整っていない。
つい笑ってしまうと、は驚いた顔をした。

「え、何かおかしいですか?」

「いや、なんでもない。
 仕上がりが楽しみだ」

えへへ、とが笑った。
やはり、間が抜けている。

「他に案はあるのか?」

シンが尋ねると、
はぱらぱらと手帳をめくり始めた。
これと、これと、と慌てて説明をし始める。

正直に言うと、
シンにはデザインの良し悪しはよく分からない。
ユリアに似合うかどうか、という基準はあった。
だが、この人形に似合うかどうかなどどうでも良い。

自分はここで、
ユリアの人形と共に北斗の人間をひきつけるだけ。
その時間が長ければ長いほど、
ユリアの安全は保障される。
自分を拒絶して身を投げたユリアの為にできることは、
もはやそれだけだった。

とこうしている時間は楽しかった。
以前、必死になって勢力を拡大しながら、
ユリアへのプレゼントを考えていた時間に似ている。
ユリア本人は去ったが、
一緒に考える友人ができた。

ページをめくるの隣まで降りて、
手帳を覗き込む。

「これは良いな」

「え、これですか?
 これなら確か、今ある材料でできたような」

うーん、と唸りながらが顔をくしゃりと顰める。
なんとなく、頭をくしゃくしゃと撫でた。
髪がぐしゃぐしゃになっても、
は気にならないようだった。
真剣に考え込む顔で、ぐしゃぐしゃの頭。

シンはこらえきれずに笑ってしまった。

「な、何ですか!
 人が真剣に考えてるときに!」

は怒りながら、ドレスのデザインの話を続ける。
シンは真剣に聞くふりをしながら、
いつになったらが頭に気がつくのだろうか、
と様子を伺っていた。

ここで時間を稼ぐと決めたときから、
楽しいと感じることはほとんど無くなった。
真剣に生地の話をするの話に耳を傾けているシンは、
自分の顔にうっすら笑みが浮かんだままな事に、
気づいては居なかった。