happiness


サウザーがの部屋を臨時の司令室と定めると、
次々と城内の様子が報告されてきた。
寝ていろと言ったのにはサウザーが座るソファの傍に立ち、
全ての報告を一緒に聞いた。

サウザーは報告を聞きながら、
はこの結果を予想していたのだろうと思った。
彼女が準備を整えていたおかげで、
指示を出さずとも進む部分がかなりある。

はサウザーの軍師であり、
信頼できる人間であり、
オウガイの記憶を共有できる唯一の女である。
そのにリュウロウは攻撃を加え、連れ去ろうとしたのだ。
それを思い出し、こみ上げたのは怒りである。
己以外の人間が攻撃されて、これほどの怒りを感じたことは他に無い。

リュウロウは城の外へと脱出したようだ。
拳の腕は然程落ちていない。
追いかけるだけ被害が増えるので、逃げるに任せた。
一応尾行はつけ、どこへ戻るのかは確認しておく手筈になっている。

シュウは廊下で倒れていた。
意識はある。
どうやら痺れ薬のようなものを打たれたらしく、
自力での移動は困難なようだ。
部下に抱えられて医務室へと運ばれた。

そのシュウが用意していた、を逃がすための人間も捕えた。
外部の人間であったので、厳罰に処した。
用意していた張本人のシュウは医務室から動けないので、
邪魔をすることは不可能であった。

物的な損失は、リュウロウに殺された警備の兵士くらいだろうか。
その程度の人間は掃いて捨てるほど居るし、問題ではない。
それらの報告がひと段落して、
騒がしかった城に再び夜の静寂が戻ってきた。
聞くべき報告は全て終わったので、サウザーは立ち上がった。

「……逃げ道を完全に断たれた感想はどうだ?」

再度確認すると、は苦笑していた。

「リュウロウさんを捕え損ねたことがやはり残念ですね」

多少かみ合わない会話に、今度はサウザーが苦笑した。
次の戦闘の準備をせねばな、と口にしかけて、
次があることを思い出した。
彼女が残ることを選択したからである。
手放さずにすんだのだという安堵している自分を自覚した。

やっと、完全に手に入れた。

突っ立っているサウザーをが不思議そうに見上げている。
サウザーは衝動的にを抱きしめた。
は驚いたようだったが、なだめるように背を撫でられた。

それが不快ではない。

今までそうされると、なんとなく腹立たしく感じた。
お前に俺の何が分かるのだ、と。
は分かってくれる。
そういう気がする。
存在を丸ごと受け入れられているという安心感と、温もり。

二度と手に入らぬと思っていたが、再び手に入れた。
手放したくなかった。
サウザーはの首筋に唇をつけたが、拒否されることは無かった。





は報告を聞き、頭の中で他の情報と繋ぎ合わせた。
諜報活動に必要な権限の多くはサウザーから委譲されつつある。
今は遠征に出ているが、戻ってきたときには良い報告ができそうで、
は一人笑みを浮かべる。

結局シュウは手勢を連れて離反した。
その報告を受けたときにサウザーは少し嬉しそうな顔をしたのは、
方針の違いから何度か口を挟まれたからだろうか。
戦力としては大幅なダウンではあるが、
サウザーの機嫌が良いならばそれで良い。

離脱したシュウはリュウロウのように在野の人となるわけではなく、
レジスタンスを組織しているらしい。
反サウザーを掲げた組織である。
彼自身の戦闘力は驚異的ではあるものの、
軍を動かす能力はそれほど高くは無いのだろうと思われる。
何せ、彼は上に立つ人間にしては人が良すぎる。

その後釜にと考えているのは、最近接触を図ってきているユダである。
同じ六聖拳の人間ではあるが、
調べるかぎりシュウほど御しやすい人間ではない。
彼を利用するかどうかはサウザーに判断を委ねるしかない。

リュウロウへの使者は定期的に立てている。
彼は城を出た後はまっすぐに帰宅し、
以前と同じ生活を続けているようだ。
軍師への誘いは毎回断られている。
以前のようにサウザー自身では出向かないところを見ると、
急いだり、期待したりはしていないようだが。

リハクはその所在すら追うことができなくなった。
接触していた彼の部下の姿も見かけなくなったので、
連絡を取る手段が一切無くなった。
最期の将とやらの所へ出向いたと思われるが、
彼の痕跡ばかりを追っていられるほどの暇は無い。
サウザーの前途を塞ぐならば、また再会することもあるだろう。

机の上に広げられている地図を眺め、
先ほどの報告があった分の変更を加えてゆく。
ユダ、シュウ、警戒するほどの戦力とは思えない周囲の領主。
領土の拡大に伴い、地図は以前のものよりも広範囲になっているが、
更に別な地図が必要となる日もそう遠くは無いだろう。

そろそろサウザーが戻ってくる頃合である。
彼が攻めているのは一々ちょっかいをかけてくる面倒な領主であり、
領地には石材を産出する山が含まれる。

丁度良かった。
サウザーはオウガイの墓を、
それも頭抜けて立派な墓を建てたいそうだ。
もそれには賛同している。
そのためには石材が必要だということもあり、
シュウのごたごたが片付いてから最初に攻める敵はそこしかなかった。

「聖帝様のご帰還です!」

警備の兵士が律儀に報告してくれたので、
は祝杯の準備を始めた。
声がかかるか、
こちらに出向いてくれるまでは暫く間があるはずである。
グラスを磨いたところでサウザーが部屋に入ってきた。

「お帰りなさいませ」

「うむ」

サウザーは短く返事をして、部屋をまっすぐ突っ切ってくる。
は祝杯の準備を続ける。

「敵はいかがでしたか」

「先に聞いてはいたが、雑魚だな」

「そうですか。
 そのうちご満足いただけるような敵とも当たるかと」

「早くそうなってもらいたいものだ」

想定外に声が近いので顔を上げると、
サウザーはすぐ傍に立っていた。
はグラスを渡そうと思ったが、やめた。

「……お帰りなさいませ」

「戻った」

はグラスを置いた。
サウザーはを抱きしめた。
その背に手を回す。
広い背中である。
昔とは全く違うが、昔と同じくを導く光である。

は幸せだった。
サウザーは軍を動かす権限を与えてくれた。
死んでしまってはいたが、オウガイにも会えた。
そうして、そのオウガイの墓を建てる手伝いをさせてくれている。
唇を重ねて、腕の中に相手がいることを確かめて、
そうしてサウザーが居ることを感じていられることも、
理由の一つである。

「建設計画ですが、複数上がっております」

「そうか」

「以前のお話どおり、
 子どもに運ばせるのであれば工期の算段も変わってきますが」

「うむ」

「ご無事で何よりです」

「誰に向かって言っている」

サウザーが笑った。

「これ以上無いというくらい早く戻ってきたというのに、か」

「待ち遠しかったもので」

は誰が何と言おうと幸せだった。
願う形の幸せを、己の力で漸く手に入れたのだ。
何があろうとも手放すものか、とは力いっぱいサウザーを抱きしめた。