happiness


リュウロウは推測を誤ったことを実感していた。
は実績を積むことは予想していたが、
これほど浮かれているとは露ほどにも思っていなかった。
昔のサウザーがどうとか言っていたが、
サウザーはリュウロウが知る限り昔から変わっていない。

脚に力を集中させて前進し、の腕を掴む。
それとほぼ同時に彼女の視線が移動した。
準備していた動作でリュウロウはの細い首に手刀を入れ、
気絶した彼女を肩に担ぐ。

の視線が逸れた先にあった扉が吹き飛んだ。
どうやらサウザーが蹴破ったらしい。
先ほどから気配がすると思っていたが、
出てくる様子もなく、傍観するだけかと思っていたが違ったらしい。
よく今まで我慢したものだ。

「それは、俺の、物だ」

一言一言、力を込めて言う。
そのサウザーの表情は酷く険しい。

「捨て駒の一つなのでしょう」

「俺の物を俺がどう使おうが、貴様に関係あるまい」

「貴方にとっては捨て駒の一つでも、
 別の人間にとっては大切な娘のような存在です。
 それに、軍師など他に居るでしょう。
 彼女である必要は無いはずです」

それだけ言ってリュウロウはドアに向かって走ったが、
サウザーが椅子を放り投げたので慌てて飛び退る。
椅子は壁に当たり、派手な音を立てて壊れて落ちた。

「椅子が勿体無いですよ」

「その程度、どうとでもなる」

事態は悪化している。
を抱えてサウザーから逃げおおせられるだろうか。
それに、敵はサウザーだけではない。
南斗の拳士であれば、
ただの兵士とはいえその辺のゴロツキとは違う。

サウザーは鳳凰拳特有の素早い動きで間合いを詰めたので、
リュウロウはに当たらぬよう半身になってかわした。

「ちっ!」

サウザーの舌打ちがすぐ近くで聞こえる。
振り返りざまの上段蹴りをかがんでかわす。
正拳突きを半歩横へ移動してかわす。
下段蹴りは飛び上がる。
反撃することを考えなければ、まだなんとか避けられる。

が、そこでリュウロウは一つ気が付いた。
その法則に気づいてみると、回避が格段にしやすくなる。

(……さんには当てないようにしているのか?)

を庇って半身になっているが、
試しに正面から対峙してみる。
そうすると変化は顕著だ。
対象を裂くような拳もあるはずだが、
先ほどからサウザーはそれを一切使わない。





リュウロウはサウザーの拳をふわりふわりとかわす。
いい加減一撃で終わらせてしまいたいところだが、
もろとも仕留めることになる。
それは避けたい。

は事前にリュウロウの侵入を報告していたし、
出て行くつもりは無い上に彼を捕えて戦力にしてはどうか、
とまで言っていた。
サウザーはその案に乗った。
だから暫く身を潜めていたが、
リュウロウが力ずくでを回収する様子だったので、
慌ててドアを蹴破った。

だらりとリュウロウの肩に担がれているを、
どうやって取り返すか。

部屋の前にはそろそろ兵士が集まってきているはずである。
少し予定が狂ったのかタイミングが遅いが、
とにかく彼らがリュウロウを袋叩きにする。
その前にサウザーはを奪還する必要があった。

思い切りよく突いた拳が壁に穴をあけた。
リュウロウの喉をぶち抜く予定だったが、
彼はふわりとやわらかく着地した。
を落とさぬように手を添えて。

腕を壁から引っこ抜いたのとほぼ同時に、
何を思ったのかリュウロウがを投げた。
の体が宙に浮く。

彼女に意識は無い。
あったとしても、受身を取れるような訓練も受けていないし、
とっさに出来るような才の持ち主でもない。

このままでは床に叩きつけられる。

彼女はサウザーとは違い、肉体的には酷く脆い。
サウザーはとっさにが地面に落ちる前に両手を伸ばし、
抱きかかえた。

「――…背後が手薄ですよ」

リュウロウがサウザーの背を突いた。
突いたと言っても触れるだけで、痛みは無い。

さんを放っておけば攻撃できたでしょうに」

「……何が言いたい」

「いいえ、何も。
 貴方にも人間らしい感情があったとを知り、少し驚いただけです」

失礼な物言いである。
リュウロウは数歩下がった。
サウザーはを床に横たえて、振り返った。

「彼女は賢くはありますが、強くはありません。
 みすみす死なせるような真似だけはしないでください」

「ふん……貴様に関係ないと何度言えば分かるのだ。
 それとも、ここで死ぬか?」

はサウザーの背後に居る。
もう何も手加減する理由は無い。
これで全力でかかれる。
気兼ねなく、元からの予定どおり、
降らなければ殺すまでである。

「いいえ、遠慮します。
 一人ならば如何様にも逃げられますしね」

リュウロウはそう言って、奥の部屋へと駆けた。
サウザーは後を追ったが、
その目の前でリュウロウは部屋の窓を割って飛び降りた。
を担いだままであれば自殺行為に等しいが、
彼一人ならばまあ、何とかなるだろう。

サウザーは部屋の外に待機していた部下にリュウロウを追うよう命じ、
床に置いたままのを長いすに寝かせた。
軽く頬を叩くと意識を取り戻したらしく、目を開いた。

「……すみません、気を失ったようで」

「リュウロウは貴様を置いて逃げたぞ」

そう言うと、は「そうですか」と笑みを浮かべた。

「本当に逃げ道が無くなったのだぞ。
 俺の覇業を助けるか、殺されるしかもう道は無い」

「存じて居ます。
 リュウロウさんを逃がしてしまいましが……。
 ご不満でしたか?」

はサウザーをまっすぐ見上げている。

「……いいや」

サウザーはそれきり会話を打ち切った。