happiness
リュウロウはリハクの部下と、
シュウの部下に先導されて暗がりを走っていた。
が居るという部屋までに何人かには眠ってもらわねばならず、
運が悪ければ命を失っていただいて、
それらが発見されるまでに
をつれて脱出しなければならない。
リュウロウは頭の中に地図を思い浮かべた。
リハクを通じて入手した地図と、目の前の城に差異は無い。
長い回廊を抜けた先にある階段を上れば、
が居るフロアにたどりつける。
サウザーの居室は別なので、
警備の兵士さえなんとか処理できれば時間はある。
シュウの部下が鍵を開け、回廊に入った。
その後ろにリュウロウが続き、最後はリハクの部下である。
途中まで走ったところで、ドアの鍵がかかる音がした。
振り返るとリハクの部下が武器を構えている。
その後ろから、シュウの部下と思われる男が駆け寄ってきた。
どうやらハメられたらしい。
前方の柱の影から、ゆらりと人影が現れた。
出口はその人影の向こうにしかない。
「どうしたのですか、シュウ」
リュウロウが声をかけると、人影が顔をあげた。
シュウは厳しい顔で、まるで敵に向かってするように構えた。
「リュウロウ、すまない。
さんに無事逃げてもらうために、南斗の未来のために、
お前の力が必要なのだ」
「私はサウザーに協力するつもりは毛頭ありませんよ」
リュウロウは大きく一歩踏み込んで、跳躍した。
「私一人では力不足なのだ!」
シュウが叫びながら、長い脚でリュウロウを狙う。
それを空中でかわしながら、攻撃の態勢に移る。
サウザーを止めることなど、自分達には不可能なのだ。
だから逃げるしかないというのに。
リュウロウの右拳をシュウは難なく防いだ。
目も見えないというのに、彼も天才には違いない。
拳を交えるたび、体格と体力の違いを思い知らされる。
一撃の重さに舌打ちしたくなるのはリュウロウである。
長引けば自分が確実に不利。
リュウロウが少しばかり焦りを覚えた頃である。
「ぐぬっ!?」
シュウが呻き、崩れ落ちた。
リュウロウの拳は彼を捉えていない。
振り返ると、リハクの部下が苦笑いを浮かべていた。
「ただの痺れ薬ですからご心配なく。
リュウロウ様、今のうちに」
先導してくれていた者の他、
数人潜んでいたらしいシュウの部下が床に倒れ伏している。
リハクはどうやらリュウロウの味方なようである。
リュウロウをハメようとしたシュウを逆にハメたのだろう。
疑ったことを少しばかり後ろめたく感じる。
礼を言って、リュウロウは先を急いだ。
階段を駆け上り、
兵士を一撃で昏倒させ、
の部屋の前へ。
息を整えて、ドアノブに手をかける。
鍵はかかっておらず、ドアはするりと開いた。
部屋のソファに
が座っている。
「帰りましょう、
さん」
「あなたが残りたいと思っているということは、
知っていますけれどね」
リュウロウが言い訳の用にそう言って笑うので、
も肩の力が抜けた。
「ご存知なのでしたら、何も言うことはありません。
私は、私のためにここに残ります」
がはっきりそう言っても、リュウロウに動揺は無い。
「よく考えてください。
あなたを心配する人は沢山います。
リハク殿も、シュウ殿も、私も、
さんがここに残って幸せになれるとは思わない」
「幸せって何ですか?
嫌々軍の動かし方を学ぶことでしょうか。
真面目に勉強して、その知識を己の意思で使いたいと思ったのに、
それを阻まれることでしょうか。
私は、私のためにサウザー様の軍師になりたい。
それが幸せではないと言われる筋合いはありません」
「落ち着いてください。
サウザーの覇道の片棒を担ぐことは、他人を不幸にすることです。
他人の幸せを踏みにじってまで意思を貫くことが、
本当に幸せなのですか」
リュウロウの口調はいつになく厳しい。
部屋の奥に隠れているはずのサウザーは出てこない。
出てきてほしい。
リュウロウを捕えるためには時間を引き延ばすべきではあるが、
それよりも居心地の悪さが勝っている。
早くケリを付けたい。
「この乱世にあって、秩序を打ち立てる力がありつつもそれをせず、
ただ民衆を傍観していることの方がよっぽど悪だと思います。
昔も今も、サウザー様は仕えるに値するお方です」
が睨みつけると、
リュウロウは呆気にとられたような間抜けな顔をした。
いつも余裕のある微笑みを浮かべているだけに、
そんな間抜けな顔を見られたことが少し新鮮に感じた。
「仕えるに値する…・・サウザーに会ったのですよね?」
「会いました」
「それでもそう思ったのですか?」
「そう思った、と言ったでしょう」
「洗脳でもされましたか」
その質問に、
はつい笑った。
「いいえ。
強制されている訳でもありません。
今までずっと師父の弟子でいたのもサウザー様のためですし、
私が思うように軍を動かしてくれるのもサウザー様です。
申し訳ないですが、
私の中ではあなたと居た時間の方が牢に繋がれた囚人の気分でした」
リュウロウは
の顔をまじまじと眺め、
そして笑った。
は馬鹿にされたような気がして不快だった。
「随分と、饒舌な方だったんですね」
「仰りたいことはそれだけですか」
「サウザーを愛しているのですか」
「……その質問に答える必要がありますか?」
「リハク殿に少々、文句を言うべきかと思いまして。
師父ではなく父として接しすぎたせいで、
さんの男の趣味がねじくれていますよ、とね。
さあ、冗談はこのくらいにしておきましょう」
リュウロウは全く同じ調子でしゃべっていたが、
彼を取り巻く空気は突然変化した。
「くどいです。
私はここに残ります」
「冷静になれば見えることもあります。
……手荒なまねはしたくなかったのですが」
リュウロウは姿勢を低くした。
彼が何かをしかけようとしているのは分かったが、
はそれに対処する能力が無い。
サウザーは何をしているのかと思いながら、
両手を強く握り締めた。
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