happiness
「――…以上がリハクから伝えるよう預かった伝言です。
リュウロウ様の決意が変わらないのであればお手伝いしますが…」
リュウロウはリハクからの使者を眺めていた。
彼は困ったような顔をしている。
今回、顔を合わせたときからずっとそうである。
リハクとやり取りをしている間に気が付いたことがある。
彼は
を娘のように思っている。
だからこそ、導き出した結論を認めたく無いのだろう。
「
さんは自分の意思でサウザーに従っている――…と」
「はい、おそらくは」
「リハク殿は放っておけと?」
「逆に痛い目を見ることになるかもしれない、と」
簡単に言うと、親ばかなのだろう。
この局面でも彼女を褒めているのだから。
リュウロウは苦笑した。
「私は彼女がここを出るときに迎えに行くと約束したのです。
彼女がサウザーに従うのは何か理由があるのかもしれないし、
無いのかもしれない。
とにかく、一度はきちんと話がしたいんです」
リュウロウはそう言って、侵入の手引きを依頼した。
その申し出も断るなとリハクからは命じられていたようで、
やはり親ばかであることがよく分かる。
一時の気の迷い、という可能性もある。
真意をただすことも、一人乃至は二人で脱出することも、
サウザーの手勢に多少の犠牲を払ってもらえれば難しくは無いだろう。
シュウはリュウロウが
を奪い返しにくるという報告を受けた。
(……彼女の代わりにリュウロウには残ってもらうしかあるまい)
そう考えている。
それを条件にすればサウザーも戦闘力は無い
を手放すだろう。
リハクの遣いと打ち合わせをしつつ、当日に動く人間を選定する。
そして、それとは内密にリュウロウを捕える人員を集める。
幸いなことに
は城の中でも脱出しにくい場所にいるので、
その間に何とか追い詰められれば。
が作らせた風力発電所は、
工場で余った分を生活にもまわせるようになっている。
おかげで助かっているという話をちらほらと聞く。
そんな気配りができる人間が、サウザーに嬉々として従うはずがない。
話を聞くたびに、強くそう思う。
そのサウザーであるが、少し様子がおかしい。
下手なことを言って機嫌を損ねてはと思い、声をかけては居ないが、
先日の拠点の制圧から帰還してから妙な様子である。
は同じように行動の制限がされている。
最初に話したときはどこか希薄だった気配が、
最近はそうでもなくなった。
何があったのかは分からない。
覚悟を決めた、という表現が頭に浮かぶ。
何がどう、ということはさっぱり分からないが。
まあ、シュウが考えたところで何かが明らかになるとは思えない。
先の戦闘のことを考えても、
は随分と先を見て、そして手を打っている。
彼女がどこまで目を配っているのか、そちらもさっぱり分からない。
今はとにかくリュウロウの侵入と、彼の捕縛の準備を整え、
それらの情報がどこにも漏れないよう腐心することが最大の課題である。
サウザーは部下が運んでくる情報を聞きながら、
のことを考えていた。
報告は彼女の予想とほとんど変わらない。
あの日の後、時間をとって
から話を聞いた。
主にオウガイやサウザーと時間を共にしたときのことである。
適当に嘘を付いているのかと思いきや、
生活や行動がサウザーの記憶とも合致する。
驚くべきは彼女の記憶力で、細かいこともいちいち覚えている。
鍋の柄であったり、服の色であったり。
それだけが心の支えであったのでと本人ははにかんだが、
記憶の濃度については彼女の方が上なのかもしれない。
そう思える程度に彼女の記憶は鮮明であった。
はサウザーの隣に立って話を聞いている。
一言も口を挟まない。
サウザー以外の人間が居るときは、
挨拶以上の言葉を意識的に控えているようだ。
サウザーは時折
とオウガイの話をするようになった。
はそういうときも口を挟まない。
悲しいのか、嬉しいのか、よくわからない顔で聞いている。
ぽつりと「羨ましいです」と言ったのが印象に残っている。
曰く、理想の師弟像だったのだそうだ。
の師父の話も聞いた。
リハクはよほど嫌われているのか、酷い言われようだった。
一応は師父として、その能力も尊敬しているらしかったが、
初めのスパルタな教え方と、
家出以後の態度の軟化、そしてそれからの独立の阻止。
この流れが彼女にリハクに対する甚大な不信感を植え付けたらしい。
サウザーはそれを聞いて少し笑ってしまった。
リハクは最終的に親心を持って接したが、受け入れられなかった。
オウガイは最終的には親心ではなく師父として、
伝承者として接したためにサウザーは酷い目に遭った。
理想の師弟とは何なのだろうか。
報告が終わり、部屋から部下を下がらせる。
扉が閉まったところで、
は地図に近付いて駒を動かす。
ぶつぶつと何かを言いながら。
彼女が次にどんな策を献上してくれるのかと思うと、
楽しみで仕方が無い。
彼女の案ならば生ぬるいことは絶対に無い。
それが分かっているからだろう。
そう思うということは、彼女を信頼しているということでもある。
サウザーは久々に誰かを信頼したのだった。
そう自覚するほどに。
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